オーディオの備忘録と聴いたり読んだり眺めたり、まったり。
22編の短編小説からなる米国版の現代小噺。
短編作家が亡くなり、彼の友人や家族に彼の作品や生き方などについてのインタビュー集。
カポーティが24歳の時の作品。こどもと呼べるころに顔も知らない父親の元へ旅立つ、それは青年への移り変わりでもあった。
万延元年は江戸時代で1860年、桜田門外の変があった年なので、その年にフットボールはなく、その100年後に結びつけた小説。
三人の戯曲、辺境地にある家を買って逃げるようにやってきたのは二人の恋人。でもそこに家を売った男がやってくる。
55名のジャズメンをポートレイトにした作品に村上春樹が彼らの残したLPから思い出に残る一枚を紹介してくれる。
麻薬王パブロ・エスコバルが誘拐を企てて自らの保身を政府に確約させて投降するまでのドキュメンタリーをあのマルケスが描いた作品。
人の営みに伴う精神的な揺らぎや存在への観念がモチーフのような気がするけど、時間的な概念の無い街はよくわからない。それでも繰り返される日々のなかに自分はあるのだろう。
グレート・ギャッツビーと言えばフィッツジェラルドの小説、その原稿が盗まれることから話は始まるエンターテイメントな物語り。
妻が亡くなり、少年時代を過ごした土地へと彷徨う初老の思い出と現在がうつろいながら過ぎ去る。
2025年3月に出版されているので、2026年は結果は出ている。さてはて教科書通りになるのか、興味深く読んでみた。
連続殺人事件の女性容疑者である梶井は男性をもてなすために料理にこだわった。彼女のインタビュー記事を書く女性もまた料理にのめり込んでゆきながら容疑者の生い立ちを描く。
19世紀初頭に南米をスペインから解放した北の英雄シモン・ボリバルの最後の旅路を描いた物語り。ちなみに南の英雄はホセ・デ・サン・マルチン。
圧倒的な爆発力で起こした波は衝撃とともにエンディングまであっというまに駆け抜ける。まさにハードボイルドな文体で日本の小説でははじめてお目にかかった。
探偵マーロウがとてつもなくタフ。劇的な終わり方はドラマチックであり、そして全ての謎もまたエンディングまで迷走する。
ブラフマンだから大洞吹男かと思ったらカワウソだった。傷ついたカワウソを手当てしてから一緒に暮らした日々のおはなし。
この作品は彼の死後1862年に出版されている。ミネソタ州コンコードなんて今でも田舎でシカゴよりも北にある。自然を求めてと言うよりは野生のなかに根源を見つめてやまない思いから人の有り様を理路整然と述べている。
物語りだけど詩のようにみえる。そうタイトル通りの散文詩であかるくなることはない。
1900年初頭に英語の辞書を編纂する父親の娘として生まれ、ことばのカードをお守りにしてことばの中に生き、ことばを育んだ女性の物語り。
アノマリーとは異常値のなかで現在考えられている理論から値がずれていて、理論の破綻をきたしそうな数値を指すようだ。