イギリスからオーストラリアへ向かう帆船の中の話だから、18世紀ごろになるのでしょうか。そこに乗り合わせた若い青年の貴族と牧師の日記を通して起きた出来事を綴ってくれる。蠅の王では孤島でこちらは帆船だけど、いずれも大地からは切り離されて閉ざされた空間である。若い貴族の文体は大言壮語でもったいぶった節回しが面白くいかにも重役につかんとする青年貴族を思わせ、若い牧師の日記は清楚でシリアスな文体で線が細く一本気で無垢な生い立ちを彷彿とさせてくれる。題名が通過儀礼とあり、人生における節目の式であったり、青春から大人へと移り変わる時の変化などを表すようで、そのような面が描かれているけれど、素直にそうだと言い切れないところがあってわだかまりが残る。蠅の王では人の奥底にある課題が投げ出されたけれど、ここでは少しばかりの回答が書かれているように思える。ただそれが、ノブレス・オブリージュやフェア、そして正義では心もとない。結局のところ定義によってしまうし、牧師の行動は正義なのだろうか?やっぱり、テーゼを置いて行かれる。