読んだ本の中で(あまり多くはない)良かった、驚いた、泣いた、感銘した本
1. カラマーゾフの兄弟 ドストエフスキー
ドストエフスキーの特徴と言えば、殺人がおこってサスペンス風になりながら人とは何か を考えさせられ、情景の表現に際限なく言葉があふれ出るように連なるところかなと思う。
大審問官は哲学的で長兄の事件は情緒的、しかも裁判の心理描写はドストエフスキーの真骨頂を現わしていると思う。
生きる時に根幹にある本だと思う。
2.山の音 川端 康成
川端康成と言えば雪国が有名だけど、文による表現は山の音で目指してきた文体ができあがったのではと思う。文章の上手さは行間に滲み出るといわれるけど、まさしくその体を著わしていて、わび・さびという間接的な表現力を文体にしたように思える。
3.ナイン・ストーリーズ J.D.サリンジャー
これは9つの小説を集めたJDサリンジャーの短編集です。文章と文章が折り重なって生み出される空間やこころの襞が滲みだしてくる。
原文を読める力はないので訳者の方も素晴らしいのだと思うのですが、文章の上手い作家は川端康成とJDサリンジャーだと思う。
4.レ・ミゼラブル ヴィクトル・ユーゴー
愛する者を守るために生き抜いてゆく力が伝わってきて、静かに力が増してゆく気がする。まさに波乱な人生であり、神の加護があらんことを祈るように導かれてゆく。
大衆が本を読み始めたフランスにて、人の魂を揺り動かす原点のような本だと思う。
5.審判 フランツ・カフカ
主人公の名が単にK、このことの方が有名なような気がする。第1次世界大戦の最中に書かれていて、時代の夢遊を感じさせるし、ユダヤ人の置かれた不安定な部分があるようにも思う。
門番は何のために立っていたのだろうか?組織そのものが存在するためには中心は空であるように思う。
6.クォ・ヴァディス へリンク・シェンキェヴィチ
ネロ皇帝のローマ、ペテロのキリスト布教と弾圧、王族の娘と大男と輻輳する話が絡み合いながら展開する。その時代の考えや風潮、生活が色彩豊かに顕われる。
時代とはうねるものだと思わされる。
7.クリスマス・キャロル チャールズ・ディケンズ
もじが滲んでしまって、ちっとも文字が読めやしない。
8.西遊記 呉 承恩
数多くのバージョンがあるけれど、福音館書店の本をここでは指す。挿絵も美しいし、しっかりとした構文に物語の年輪とすがすがしさを感じる。
9.砂の女 阿部 公房
阿部公房と言えば、壁や棒などカフカの変身に似た虚無的な趣を思い出す人が多いと思うのですが、その前の本作は人の生を探求しながらも日常の仕合せが重なっているように思える。
不条理な中に日常が映し出される日本の小説では最も優れていると思う。
10.シシューポスの神話 アルベール・カミュ
カミュの本で最も有名なのは『異邦人』なのだと思うけど、なぜかしらホワンとしてしまい、『ペスト』の方がわかりやすいと思う。
シシューポスの神話はカミュの哲学的な考えを整理したもので、これを読んで異邦人を読むと分かったような気にはなる。これを読んだおかげだろうか、少々のことではくじけないようになった気がする。
11.豊饒の海 三島 由紀夫
輪廻転生と生と性を通して人を診るような気持ちにさせられる。三島由紀夫の本はほとんど読んだと思う中で、やはり遺作になった豊穣の海は構成も文体も一際耀いていると思う。
4部作だけど各々が独立しているので、1部の春の雪だけで十分に小説を味わえる。
12.阿部一族 森 鴎外
短い文で的確にものごとを捉え、ムダがなくカチッとしまった森鴎外の文体が好きなのだと思う。それが、藩士の一族の結末を鋭く描き、展開に緊張感を与えているように思える。
13.シティ・オブ・グラス ポール・オースター
カフカと同じ香りがするのだけど、不安な要素が違うような気がする。啓示てきではなくミステリー的なのに人の営みのなかの不条理を問われているように思える。
14.嘔吐 ジャン=ポール・サルトル
行動する哲学者で実存哲学の先駆者ですけど、ノーベル賞を辞退した最初の人としても有名で、実存的な考えを著わした小説とされているが、『存在と無』はこの本の5年後に出版されている。
この小説の中に音楽が出てくるのだけど、それはジャズ。フランス人のサルトルとジャズが似合う気がしないけど、インプロビゼーションなところが直感理論につながるのかしらんと勝手な解釈をしている。
15.三銃士 アレクサンドル・デュマ・ペール
テレビドラマや娯楽映画の元祖と言える作品。展開の速さ、構成の壮大さ、スリルと驚き、人物の個性、正義に愛に政治に愛国心にと面白さが全てに振りかけられている。
文学が大衆に広まると同時に完成されたような小説で、いつの世にも天才はいる。
16.ジャン・クリストフ ロマン・ロラン
変わった音楽家の一生。話が長いのだけど、なぜかついつい読んでしまう。1900年ごろのドイツとフランスを知ることができ、人生が旅なんだと思え、いつの時代も人は大して違わない。
17.ブリキの太鼓 ギュンター・グラス
幼児の身体を持つオスカルは既に成人の精神年齢に達していて、自分の身体の成長をコントロールできる特殊な人物。1924年生まれダンツィヒで育つ。ダンツィヒはポーランドの港町なのだが、このころはダンツィヒ自体が国家であった自由都市でナチスの波が覆う。
18.落語百選 麻生 芳伸 編
百編の落語が春夏秋冬の4冊にまとめられていて100選となる。日本の小話は落語に芸術として昇華されていることに気づかされる。有名な古典落語が網羅されていて、思わず笑ってしまう。日本庶民の活力と粋を感ずる。
19.ゴリオ爺さん バルザック
文豪バルザックの作品集は人間喜劇と称されるけど、この話は喜劇には思えない。娘を思う父親は娘にはかえりみられず、そんな家族を取り巻く中でおこる事件を描いている。
20.ABC殺人事件 アガサ・クリスティー
クリスティの推理小説としてはオリエント急行の殺人が有名だけど、それは映画としてマッチしたからのように思える。話の構成としてはABC殺人事件の方が優れているように思える。
21.Yの悲劇 エラリー・クィーン
推理小説の中の名著。謎が謎を呼ぶ、まさしく推理小説。
22.オッター・モール氏の手 トマス・パーク
短編にほとばしる戦慄。そして、驚かされる展開。
23.モルグ街の殺人 エドガー・アラン・ポー
探偵もの推理小説の原版。
24.ドグラ・マグラ 夢野 久作
九州帝国大学精神病科に閉じ込められた記憶喪失の人物と博士を巡る奇々怪々な話。記憶喪失者の中の自分は自分の中の自分なのか訳が分からないなかに考えるという哲学的な挿話もあり、意味不明なのに話としてそこにある。
25.フィネガンズ・ウェイク ジェイムズ・ジョイス
解読不能。原文の読める方ならわかるかも。
26.海と毒薬 遠藤 周作
太平洋線末期に起こった九州大学での事件をもとにした小説。狂った時代の病理を冷徹にリアルに迫る文体が狐狸庵先生をつくる。
27.野火 大岡 昇平
戦争の最前線のリアルさが戦慄となって襲ってくる。そんな場所にいないといことだけで幸せを思う本。
28.青い鳥 モーリス・メーテルリンク
生まれる前と死んだあとの世界観はこの本から生まれたように想えてくる。人の尊厳を垣間見て呆然と立ち尽くす。
29.赤と黒 スタンダール
青年ジュリアンの野心と愛憎劇。1830年の作なので、フランス社会で小説が広まった時期だと思われ、愛憎劇はバルザックのゴリオ爺さんも同様だと思う。
30.百年の孤独 ガブリエル・ガルシア=マルケス
蜃気楼の村を作った一族の摩訶不思議な話。玉ねぎのような構成で芯があるわけでもないのに宙に浮いた中に引きずり込まれる。結局のところ輪廻転生なのだろうか。
31.イワン・デニーソヴィチの一日 ソルジェニーツィン
シベリアの強制収容所で直向きに働くイワンの一日。たった一日がこれほどに生々しく生命を画くものだろうか、ソ連時代の鉄のカーテンに生きる作家を彷彿とさせる。
32.魔の山 トーマス・マン
高い山の療養所で過ごす青年が成長してゆく様を画いた話。原題は『Der Zauberberg 』 これを直訳すると魔法の山。なんだか意味合いがすごく違うように思え、直訳の方が話にあっていると思う。売るための題名が多いのは残念です。
33.真夜中の子供たち サルマン・ラシュディ
テレパシーを持つ子供たちが成長していく話。でもこれは、インドが独立してゆく混乱とパキスタンとインドの軋轢が生活の中にある。まさにカオスそのものが生きることなのだと思う。
34.シーザー シェイクスピア
シェイクスピアは劇作家だったからなのか、薄い本が多く短編ではないけれど中編までも行かなくて、どれもがドラマチックまさに劇です。
有名な劇ばかりだけど、『おまえもかブルータス』の科白がこびりつく。シーザーはカエサルだし、カイザーでもあることを知った。
35.サド侯爵夫人・わが友ヒットラー 三島 由紀夫
いかにも小説かのように思えるのですが戯曲なんです。シェイクスピアの話に勝るとも劣らない臨場感に溢れてます。しかも、サド侯爵夫人の出演者は女性だけ、わが友ヒットラーは男性だけなんです。
36.罪と罰 ドストエフスキー
『選ばれた非凡人は、新たな世の中の成長のためなら、社会道徳を踏み外す権利を持つ』は有名な文だけど、それよりも刑事小説の基なのではないかと思ってしまう。ドストエフスキーの長編には殺人の話が出てきて、推理とサスペンスの要素がふんだんにあり、これがまた作家の饒舌ぶりにマッチしてしまう。
本の中の名前を覚えることはないのだけど、ラスコーリニコフという名を忘れることはない。
37.アンナ・カレーニナ トルストイ
美人な妻の不倫物語。最初のシーンがデジャブのように見えてくる。実に緻密で巧みに設計されている。
38.黒い雨 井伏 鱒二
広島に落ちた原爆の後に降った黒い雨。原爆の落ちた中を川沿いに歩く様子を一文字読むごとに慟哭に詰まり吐き気をもようす。その中で主人公は自分に言う。『どうせ何もかも飯事(ままごと)だ。だからこそ、却って熱意を篭めなくちゃいかんのだ。いいか良く心得ておくことだ。決して投げだしてはいかんぞ。』
何かあれば、この言葉を読み返す。
39.天城越え 松本 清張
砂の器や点と線など名著な長編があるのですが、この本を読んだ時の戦慄が未だに残っているのです。もうなんか一文一文に緊張があって文章のリアルさに空間が生まれ、その時の襞が皮膚をなぞっていきます。
短編であるがゆえに、何もかもが凝縮された力を感じさせられます。
40.変身 フランツ・カフカ
僕が中学生のころに父が与えてくれた本です。何がなんだかわからないまま読み終えたあとぐらいに美術館に連れて行かれ、うねるような橙のあかいいろの空に橋があって、黒い人が頬に手をあてて叫んでいる絵を見た瞬間に、ザムザが居ると思った。
41.車輪の下 ヘルマン・ヘッセ
優秀でシャイな少年が思い悩み、崩れてゆく物悲しい話。いつの時代にでもあり、誰にでも起こることだけど、手の届く小さな目標を一つ一つ積み重ねるようになれるといいなと思う。生きているだけでありがたく、朝に夕に感謝を祈っている。
42.マキアヴェッリ語録 塩野 七生
君主論を読めばその方がいいのだろうけど、分厚いし面白くはかかれていないので代用ではるのだけど、人を束ねる方法論について学ぶには良いと思う。文学ではないのだから番外なのかもしれない。
43.風の又三郎 宮沢 賢治
朴訥とした作家の優しさが子供たちの元気な日常に表される。泣けてくるような情感のある作品の多い作家にしては現実的でありながらもミステリアスな作品だと思う。
44.はらぺこあおむし エリック・カール
息子がきちんと映る物を捉えだしたと思う頃に何回も読み聞かせた。カラフルな絵本で読み聞かせている自分が絵本の中に忘れてきたものがあることに気づく。息子はいつもあおむしを指でなぞっていた。
45.ナナ エミール・ゾラ
自由奔放な女性像の原型のような気がする。もっと古いのにマノン・レスコーがあるではないかと言われそうだけど、ナナは自立しているように思え、そこが自由奔放な所以だと思う。
46.悲しみよ こんにちは フランソワーズ・サガン
サガンが18歳の時の処女作で、まさしく思春期の女性が文章をまとったような錯覚に落ちる。青々しいみずみずしさがあっという間に過ぎ去ってゆく。
47.肉体の悪魔 レイモン・ラディゲ
いつの時代にも倒錯しているもので、浮気を超して倫理的にも外れる中に浮かび上がる精神的な内面の描写が続く。18歳の時に書かれている驚きと20歳にして夭折することがわかるような気がする。
48.吾輩は猫である 夏目 漱石
エッセイのように思える話で、ユーモアにあふれている。でも終わり方がなんとも悲しくさみしい。
49.飢餓海峡 水上 勉
戦後間もない昭和25年の時代に貧しくても生き抜く人たちを、殺人事件のなかから紐解いて描き出した話。構成力と生きる儚さが同居している。
50.蠅の王 ウィリアム・ゴールディング
孤島に不時着した少年たちが助けられるまでの話。クルーソーは一人だったけど、少年たちなので複数人いて人数も多く、そうするとグループに分かれてゆく中で人間の素性が出てくる。蠅の王を見る章の筆致がすさまじい。
51.泥棒日記 ジャン・ジュネ
コソ泥でチンピラ風情なゲイの日常。芸術性の高い人にホモセクシュアルが多いと言われていて本作もそうだと思う。リアルな描写は本人の経験からきているようで胸襟を垣間見る美しさがある。
52.夜明け前 島崎 藤村
日本の夜明け前、明治維新の中で変わる世への期待を込めながらも違和感を小説の中に展開している。藤村は詩の方が好きだけど、小説の文体はかちっとしていてロマン的ではなく社会学的で人の二面性を思う。
53.グレート・ギャッツビー F・スコット・フィッツジェラルド
良くも悪くもアメリカンドリームな小説だと思う。華麗なるギャッツビーと言った方がわかりやすく、タイトル通りのイメージ。
54.二十日鼠と人間 スタインベック
スタインベックと言えば『怒りの葡萄』なんだろうけど、これは映画の映像が強く焼き付いてしまい本を読めていない。でもスタインベックらしい本として二十日鼠と人間がある。目の滲む人は踏み外しそうになる時にグッと噛み締めることができるのだと思う。
55.桜の森の満開の下 坂口 安吾
推理小説、歴史小説、随筆、人物評価などなど多彩な作家なのに驚く。堕落論の方が知名度上がると思いますが、話の面白さとしては本作だと思います。でも、夏の夜に読んだ方がいいのかもしれません。
56.高野聖 泉 鏡花
こちらも夏の夜に読んだ方がいいです。現世なのかまぼろしなのか、泉鏡花の名文が未知なる世界に引きずり込んでくれます。ほっと息を着いた時に部屋の姿が見えてきます。
57.石蹴り遊び フリオ・コルタサル
パリで暮らす南米出身の若者グループが哲学や音楽を聞きながら時が流れる。なぜか哲学とJAZZなのである。そして、話が終ると次の話があるのだけど、読み方を指定している。
58.白の闇 ジョゼ・サラマーゴ
突然目が見えなくなる感染症が蔓延し、パニックに陥る。でもなぜか病気にかからない主人公を通して起こる事件が語られる。
59.偸盗 芥川 龍之介
倫理観を強くする作品が多い中で異質だと思います。芥川の短くて鋭い描写が臨場感を煽ぎ、悪の中に棲む生き抜く激しさが生々しく露骨にされてゆく。
60.シンドバッドの冒険
千夜一夜物語の一つの話なのだけど、読んだものが抜粋版だったので一番分かりやすいシンドバッドの冒険とした。こんな話を爺さんにされたら楽しいいです。
61.古都 川端 康成
京都を舞台にした姉妹の話。直材的ではなく周りの揺れ動く所作の中に若い娘のいちずな強さと柔らかさが伝わってくる。日本文化のなかにある文体としては抜きんでたもののように感じる。
62.津軽 太宰 治
作家が生まれ故郷に旅をして想い起したことを小説風に話している。なんとなく穏やかな文体をみるとそういう時もあったのだと僕は生まれ育ったところにずっといるので故郷がわからず、この本でその香りをかいでいる。
63.日の名残り カズオ・イシグロ
英国の律義で堅い旧き良き時代の執事を通してセピア色の風景が見事に描かれている。主人が亡くなり旅に出て、再び執事としての時代の変化に向かおうとする。終わりは次の始りになるように努めたい。
64.薔薇の名前 ウンベルト・エーコ
この方の作品は重々しく感じるのだけど、それが何に起因しているか判然としない。修道院で起きる殺人事件を追ってゆく探偵小説の構成になっているのだけど、神学論争などが挿話されてくるので歴史的背景を要求されるようなところが冒頭につながっているのでしょうか。
65.天国でまた会おう ピエール・ルメートル
とにもかくにも痛快。でも半分寂しい。作家の持つ構成力にはいつも驚かされる。
66.リンカーンとさまよえる幽霊たち ジョージ・サンダース
リンカーンの息子が死んで三途の川を渡れない幽霊たちとの話。現世とあの世の中間という世界感が西洋にもあるのかしらんと思ったら、原題にある"Bardo"は『チベットの死者の書』にある言葉だそうだ。死んで7日間の内に自分が死んだことを認識してあの世へ渡る準備するのだと書かれていたように記憶している。
67.風立ちぬ 堀 辰雄
山の中の療養所にいる嫁さんと過ごした日々を恋慕する。寒くて高い山の中とあつく高鳴る胸の内が交差する文章が初々しい。
68.夜間飛行 サン=テグジュペリ
作家がパイロットだったのがよくわかる。そしてクロノグラフと呼ばれる腕時計がどのように必要なのかも教えてくれる。ブライトリングを買おうと思ったけど文字盤が大きすぎて華奢な手首にあわない(高価ということもある)。なのでスピードスターの自動巻きになった。
69.ジキル博士とハイド氏 ロバート・ルイス・スティーブンソン
宝島も有名ですけど、二重人格者というころがありえることを教えてくれた。ロンドンに起こる死の恐怖が押し寄せてくる。
70.欲望という名の電車 テネシー・ウィリアムズ
戯曲ということもあって話は短く展開が早く、わかりやすい。女性の堕落を通して時代の近代化と欲望と刹那が入り混じる。でもこれを舞台でするとどうなるんだろう。
71.二都物語 チャールズ・ディケンズ
ロンドンとパリを跨いだ壮大なロマンと友情の話。ディケンズの情愛の文体の上に巧みな展開が構成されてどんどん読んでしまう。ベルリオーズの幻想交響曲を想いださずにはいられない。
72.ティファニーで朝食を トルーマン・カポーティ
美人な田舎娘が金持ちの男たちと交際して生活している。なんだか援助交際と同じようだけど、コミカルなタッチで描かれた話。映画で見たヘップバーンが凄い美人だった。
73.パスクル・ドアルテの家族 カミロ・ホセ・セラ
家族の中における憎悪と殺人。それでも数年でムショから出てくる。なにゆえにこれほど無秩序なのだろうか、それとも時の流れがちがうのだろうか?
74.失われた足跡 アレホ・カルペンティエル
古い楽器を探しに出かける。それは自分の過去のルーツであり、回想を呼び起こされながら時を遡る。ラテン系の作品はナスカの地平線のように謎めいている。
75.王道 アンドレ・マルロー
カンボジアの密林へ骨董品の宝を探し当てにゆく話。密林や現地人の描写がやけにリアル、現地で西洋人が勢力を築くところはコッポラの地獄の目次録を想いだす。人生の宝を探すことは王道なのかもしれない。
76.サピエンス全史 ユヴァル・ノア・ハラリ
人類史であるので物語ではないけど、人類そのものの物語ではある。人の発生と文明、国家と貨幣など現代を形作るさまざまな要素の相関を俯瞰する。
77.夏の庭‐The Friends 湯本 香樹実
子供たちとお爺さんの心温まる交友の話。夏の庭にコスモスが咲く、時はうつろなり。でもそれをすぎておおきくなるんだ。
78.ノルウェイの森 村上 春樹
青春がノスタルジーになった時。どことなくアンニュイになるのだけど、きめこまやかな時空が漂ってきて、文字の隙間から気持ちが滲み出てくる。なんとなく川端康成を想いだす。
79.レイラの最後の10分38秒 エリフ・シャファク
そうタイトル通り、死ぬ間際というか止まってから10分38秒の間の回顧録。でもその後もこれまた美しいんです。こんなふうに回想できたらと思います。
80.追放と王国 アルベール・カミュ
6編の短編集。きっと生まれたナイジェリアのことを思いながら書いているように思える。最初の砂交じりのバスの中のシーンがいつまでも離れない。冷えた砂のなかにあるオアシスでもかげろうのように自分の姿をうつせるのだろうか。
81.私本太平記 吉川 栄治
吉川英治と言えば宮本武蔵ですけど、南北朝時代に出た英傑ひとりひとりが実に丁寧に書かれていて、多くの方の持つイメージはここから作られたように思います。
82.武蔵野 国木田 独歩
風景をこんなにいとわしく書けるのは、作家の美観を捉えれる優れた感受性と毎日毎日散策をしながら変化を愉しまれていたからだと思う。
83.老人と海 ヘミングウェイ
大きなカジキを釣って帰ってくるのだけど、サメに追われるというだけの話なのに、なぜもこんなに人の息遣いをかんじるのでしょう。
84.蟹工船 小林 多喜二
北の寒くて荒々しく厳しい海のうねりの中で、必死に働く描写が迫ってくる臨場感がある。時代は事業主が暴利を貪る時代であり、過酷な労働の中から利益への闘争につながる。
85.月と六ペンス サンセット・モーム
画家ゴーギャンを画いた話。タヒチで暮らしがみずみずしくて良いのだけど、ゴーギャンのタヒチの絵が暗く感じるのは何故なのだろう。
86.のぼうの城 和田 竜
秀吉の小田原攻めで北条が滅びるまで唯一陥落しなかった城の話。守る城の総大将になったのは城主ではなくいとこの長親(ながちか)。民に慕われる好かれるというのはその人の持つ天性の徳であるように思う。世の中には稀有な人がいる。
87.下天は夢か 津本 陽
織田信長はもっとも日本人らしからぬ日本人だったと思うのだけれど、その信長がいるかのように感じる。
88.葉隠れ入門 三島 由紀夫
葉隠れは佐賀藩の山本常朝が著した物を三島由紀夫が分かりやすく解説している。『武士道とは死ぬことと見つけたり』の言葉が有名なため、死して戦うかのうように思われているけれど、これが書かれたのは江戸の天下泰平な時で、侍がサラリーマン化していたころで、宴会で酒を飲み過ぎるななど仕える者の心構えが記されている。そういう中でも覚悟ができれば心穏やかに過ごせるのはその通りである。
89.美しき廃墟 ジェス・ウォルター
イタリア北西部の孤島にあるホテルへハリウッド女優がお忍びでやってきて、ホテルの青年が惚れてしまう話。女優は帰ってしまうわけだけど、孤島の風景やイタリアの都会、青年が歳を重ねるこころが実に美しく繊細に書かれている。
90.ダブリン市民 ジェイムス・ジョイス
ジョイス初期の短編集。カチッとした文体で写真を見ているかのように描写されている。街の中の普段着な営みがありありと浮き上がる。
91.カンタベリー物語 ジェフェリー・チョーサー
14世紀の英国カンタベリー大聖堂の巡礼者が宿の中で語り合った話。いろいろな身分の人が語っていて中世ヨーロッパの営みや考え方が伝わってくる。実に様々な多くの話があって、シェイクスピアと同じで本当に一人の編纂なのだろうかと不思議に思う。
92.この日をつかめ ソール・ベロー
ホテルで暮らす中年男性の話。自分が晩年になり、目的の多くが通り過ぎるこのごろ、この本を想いだすことが多くなった。
93.はつ恋 イワン・ツルゲーネフ
こころゆらめいたときに読んだことをよく覚えていて、本の中に同化してしまったことを未だによく覚えている。
94.武士道 新渡戸 稲造
もともと英文で書かれていて、米国人に日本人を理解してもらう本。なので、日本語で武士道として読むとその通りではあるのだけど、なにかしら浮かぶイメージがタイトルと違うのはなぜなのだろう。
95.ごんぎつね 新美 南吉
初めて読んだ時はシクシク泣いていたけど、改めて読んだ時も眼が滲んだ。
96.ライ麦畑でつかまえて J・D・サリンジャー
高校を中退する青年が大都会でさまよう青春のほろ苦い話。初期の作品なために文体がちょっとあらいのですが、それがかえって青春のあおさと直線を響かせているように思えます。
97.サロメ オスカー・ワイルド
ユダヤの王と妃の娘サロメの戯曲。19世紀の終わりごろに書かれた、実におどろおどろした連鎖。
まだ生きて本を読めそうなので、あとみっつを残しておきます。
黒人の少女が欲しかった眼をもらった。貧困、無教育、神、怨嗟、羨望、情愛、姦通、彷徨、差別、嫉妬、信頼、そして生きる。