ザ・バンドを聴く

  ザ・バンドと言えばボブ・ディランのバックバンドだったことは有名で、結成後も共演していた。曲調はカントリーロックでほがらかで哀愁のある曲が多い。シングルとしてはザ・ウェイトが有名だけどそれは1枚目で同じ1969年に発表された2枚目のザ・バンドにはない。アルバムとしてはこのザ・バンドが最も売れていて、まさにザ・バンドそのものの音で心地良い、穏やかな気持ちにさせてくれる。



 A面2曲目のRag Mama Rag がシングルカットされているけど、3曲目のThe Night They Drove Old Dixie Downの方がザ・バンドらしく感じる。演奏を聴いていると上手いなぁとは思わないのだけど、音と音の間に適度な隙間があってそれがうねるところにノリがでるところがいいんだと思う。


ヒューイ・ルイス&ザ・ニュースを聴く

  ヒューイ・ルイスと言えば、バック・トゥ・ザフューチャーに使われたパワー・オブ・ラヴが大ヒットして聴いたことがる人が多いと思う。このレコードは1983年にリリースされたサードアルバム『スポーツ』で、ここからシングルカットされた曲が売れて、このアルバムも大セールを記録した。曲調はこのころからパワーオブラヴとおんなじでパワフル&シンプルでR&B色がかかっている。とにかくノリがよくってサックスのフィーチャーがカッコイイ。出た当時に買って、聴きっぱなしだった覚えがある。



 前身の母体になるバンドがエルビス・コステロのファーストアルバムのバックバンドをしたらしいけど、演奏がシンプル過ぎてバックバンドをしたというのが不思議なように思える。音に隙間が多い造りでリズムセクションとルイスのヴォーカルで引っ張られる。でもなぜか飽きないリズムでいつ聴いても楽しい、これはナックのマイシャローナとおんなんじだと思う。


ジャズ・クラシックという一風変わったピアノマン、ジョージ・ウィンストンを聴く

  とても高音質なCDでピアノが眼前にあるかのように聴こえる。高音質なCDは音圧が高い傾向にあるようで、これも通常の音量で聴くにはヴォリュームの位置が下がる。オーディ好きとしては音楽を聴いているより音を聴いているようになるのは、ピアノをホールで聴くと言うよりはグランドピアノの中に顔を入れているかのように聴こえるからである。半分も聴くとちょっと疲れてしまい、もう少し退いて聴きたいと思えてくる。音楽としてはクラシックでもなくジャズでもないけど、ジャズよりという感じの曲なので馴染みがなく、曲の紹介を読むとJazz Classic と書いてある。英語版なので詳しいことはよく判らない。



 再生装置の傾向を掴むには具合がいいようで、低い音から高い音まで使われているピアノも楽曲で違うように聴こえる。それに多重録音で連弾しているように聴こえる曲もあり、低中高の音が混ざり合って複雑だし、音によって定位する位置も違う。特に低音の伴奏音はペダルを踏みっぱなしに聴こえ、弦の音が交じり合っているくせに、高音は響きが綴りあわない。拙宅では、この低音がもやっとしてしまう。そういう音なのかもうちょっと響きが分離するのか気になる。小生のような貧乏人には無理だけど、天井が高くて広いフロアでJBL4350をでかいマークレビンソンで聴いてみたいものです。


マイルス・デイビスのレコードを年代順に並べて聴いてみた


Miles Davis and the Modern Jazz Giants

 これとBags Grooveの2枚はクリスマスの日に録音された同一セッションで、2枚とも優れたセッションだから両方聴くとより愉しいし、同じ曲の別テイクがあって、ジャズって瞬間なんだなぁとしみじみ思う。まぁ喧嘩セッションと言われて有名ですし、聴けば聴くたびに効いてしまう音でいつでも生きてるんです。

 モンクが弾くのをやめたテイクがA面の一曲目にあるところに、このLPの凄さが出ててると思う。モンクのソロが始まるとモンクらしい不協和音のような旋律を一音一音ゆったりと弾くのだけど、的確で早いドラムとベースのリズムセクションにあっている。だけど、ピアノの音が無くなるのにベースとドラムは変わりなく、ごく普通にリズムを刻む音がこれまたカッコイイ、ベースはパーシー・ヒース、ドラムはケニー・クラークのMJQの二人です。そして後方からトランペットのメロディが挿入されるとピアノを再び弾き始める。



 B面の1曲だけがメンバーが違って、マイルスクインテットのメンバーでセロニアス・モンクの曲をやってて、コルトレーンのサックスがこれまたいいんです。マイルスのアルバムは出ている人みんな主役になるところが好き。

 あとこれモノラル録音なんですが、MONOのカートリッジがないのでSTEREOのカートリッジで聴くのですが、右からノイズが出て困ってました。レコードがモノラルでも両側に溝はあるようで、微妙に左右から音が出るのです。そこでアンプにMONOモードのあることを思い出してスイッチを入れたところ、左右の音がミックスされるので消えるわけではないのですが、耳障りではなくなり音に張りが出てきてエネルギー感も加わって良い塩梅ですので、MONOモードで記録してみました。


Bags Groove

 クリスマス・セッションのもう1枚です。A面の1曲目の出だしを聴いた瞬間に、あっあの曲だと気づきました。有名な曲なのでどっかで聴いているのですが、このLPとは知らずに買っていることが笑えます。ミルト・ジャクソンのビブラフォンが冴えわたる名曲ですよね、ビブラフォンの響きが心地良く、こんなにジャジーなんだと思えるし、余韻の消え方が弦ともピアノとも違ってちょっとぬくもりが蕩けるようにスピーカーが鳴ってくれると嬉しいです。そして、同じ曲を別テイクで2曲続けてあり、これでA面が終ってしまうのですが、聴き飽きるということがありません。



 Miles Davis and the Modern Jazz Giantsとあわせて凄いメンバーですよ、MJQの3人であるミルト・ジャクソン、パーシー・ヒース、ケニー・クラーク、それにピアノの大御所であるセロニアス・モンク、そしてソニー・ロリンズまでいる。是非聴いておきたい2枚です。



ラウンド アバウト ミッドナイト

 写真のネガを見ているかのようなジャケットが印象的で、コロンビアと契約した最初のアルバムです。これを録るにあたってプレスティッジと残っていたアルバム4枚を同時期に録音している。俗にいうマラソンセッションと呼ばれていて、クッキンなどが有名である。このアルバムも同じ匂いのするジャズで、このころの音は何も考えずに音に乗れて好きである。



 メンバーは、ジョン・コルトレーン、レッド・ガーランド、ポール・チェンバース、フィリー・ジョー・ジョーンズという豪華スターである。チェンバースとジョーンズのベースとドラムのコンビはアートペッパーのリズムセクションなど他の有名なアルバムにも参加していて、どれもマイルスの香りがする。このアルバムからマイルスは有名になっていくのだけど、恩師であるチャーリー・パーカーが若くして亡くなって引き継いだようにも思える。

 マイルスの凄い所はジャズの枠組みを変えてしまうところで、恩師のチャーリーが作ったビバップからクール、モードへと変化し、そしてフュージョンへと切り開く才能は桁違いだと思う。



カインド オブ ブル

 余りにも売れたレコードで未だに売れ続けているアルバムである。兎に角、A面の一曲目を聴いただけで圧倒される。テンポの速いビバップとは違いゆるりとしたテンポで力強いベースラインがうねるなか、官能的なソロが響き渡る。それにガイドするかのようにピアノが絡んできて、絶妙なアンサンブルが出来上がる。ビル・エヴァンスをこのレコードのために引き戻したのがよく分かる。それにアルトサックスがこれまた気持ちいい。これでキャノンボール・アダレイを気に入ってしまった。



 モード・ジャズへの道を切り開いた意味でも有名だけど、なにせフュージョンから聴き始めているから、モード・ジャズと言われてもよく分からなかった。もっともビバップのコードのしきたりすら、よくわからないのだから音楽を聴くものとしては聴いて気に入ればそれでよいと思う。絵画でもそうだけど、基本的に解説は読まないけど、観て気に入ればよいのである。

 一曲目のタイトルは「So What」、これはマイルスの口癖らしいけど、だから何?っていう時を超える出来栄えを指しているようだ。



スケッチ オブ スペイン
 これもまたジャケットのデザインが印象的で、上部が橙色、下部が赤茶色、大地に黒い影絵のトランぺッターがお腹を突き出して吹いている。それをじっと聴き惚れている牛がいる。その牛の方が小さくてマイルスの方が偉大だと言っているかのようだ。いかにもスペインを彷彿とする絵で名作だと思う。アランフェス協奏曲を編曲してはあるけれど、トランペットで刹那的に滲み出る風景がジャケットの絵そのものであり、なんだかドンキ・ホーテが出てきそうな雰囲気になるぐらい、Sketches of Spain(1960年)なのです。




 サムシング・エルス(1958年)でシャンソンの名曲である枯葉をジャズにして、今ではジャズの名曲になっているぐらいだから、フラメンコもまたジャズに通じるということなのでしょう。これを最初に聴いたら、ジャズが最初でクラシックは編曲だと思うぐらい良くできていて、聴き終わってもしばらくの間はスペインから抜け出せない。


Cookin at the Plugged Nickel
 1965年12月にシカゴのプラグド・ニッケルでのライブ盤、ボックスセットはCD7枚という対策ですが、これはLP1枚のハイライト盤です。これはLPなので4曲しかありませんが、アメリカのハイライトCD盤だと選曲も一部違うようだが6曲でSo Whatもはいっているようだ。


 メンバーは黄金クインテットと呼ばれるハービー・ハンコック、ウェイン・ショーター、トニー・ウィリアムスです。スタジオアルバムのESPやソーサラーなどを聴くとまとまった綺麗なジャズなんですが、このライブは違い将にジャズなんです。5人の各々のポテンシャルが高く、エネルギッシュですさまじい。これをライブで聴けた人たちは仕合せだなあとつくづく思います。好きなように音をぶつけてくるのに音楽としてまとまっちゃうのが凄いし、どんどん引き摺りこまれてゆく。これを聴いていると2日間のすべてが入っているアメリカのCD8枚組のボックスセットが欲しくなっちゃいます。



E.S.P
 黄金クインテットと呼ばれるスタジオ録音4部作の1作目です。タイトルはExtra Sensory Perceptionの短縮後で超感覚的知覚と言われています。〇や☆の絵が描いてあるカードを当てるテレパシー能力を訓練するESPカードが有名です。でも、ジャケットの写真は普通に女性と映っているだけと言うのが、なんとなく味気ないです。


 マイルスの作曲より合作が多く、メンバーの作曲もあり、グループとしての創作が強まっていく時期で全体的に整った音調に聴こえ、Plugged Nickelの方がメンバーのインスピレーション力が発揮されていて、ESPの名に近いように思います。4部作ともに録音されている音圧が低く感じられ、マイルスの持つとがって深くうねるところが少ないように思えてちょっと残念です。


ビッチェズ ブリュー
 1970年3月にリリースされた2枚組のアルバム、エレクトリックなサウンド満載でモダンジャズとは別世界なのが出だしの音ですぐわかる。フュージョンと呼ばれるジャンルの音そのものだと感じるほど記念碑的アルバムというだけではないと思う。メンバーもすごくて、ジョン・マクラフリン、ジョー・ザビエル、チック・コリアとフュージョン界を背負った面々ばかりです。


 音楽的にはフュージョンですが、音的には現代音楽の無調的で効果音のような響きが多用されていて、近代における発芽が満載のように聴こえます。それでも、単純にカッコイイと思えるところがマイルスらしいところです。1曲が長いので、タイトル曲は27分もあり、ちょっと流されてしまうようなところもありますが、クラシックのように聴けるのも味わい深いです。曲の持つ多様性が輝きを失わず気持ちよいです。


Man With The Horn
 マイルス・デイビスが5年の沈黙を破って復活した1981年の意欲作で晩年に作成した1枚目です。録音当時55歳ですが、音は鮮烈でフュージョンよりポップな色合いが強い気がします。復活と聞いてすぐに買ったレコードで、録音も優れていて出てきた音に圧倒されそうになってことを鮮明に覚えている。かなり昔のことなのに、今聴いても凄いと思う。5年の沈黙がエネルギーになって炸裂していて、痛快なまま片面が終る。


 そして裏面に移り、タイトル曲になるとなんとヴォーカルが入っている。これには驚いた、マイルスのレコードを聴いて初めてヴォーカルを聴いたのだから。常に変化するマイルスだけど、記憶に残る一枚である。


Decoy
 復活してから4枚目で1984年のリリースで、1曲目のタイトルがアルバムタイトルにもなっている。ダークな感じのジャケットでマイルスの頬がこけて眼が大きく見開いて精悍なイメージを受ける。


 マイルス単独の作曲は1曲Freaky Deakyだけで、2曲シンセサイザーを弾いているアーヴィング3世、残りはマイルスとギターのスコフィールドとの合作、ギターのソロ部分を聴いているとR&Bのように聴こえてくる。なんとなくだけど黄金クインテット時代のスタジオアルバムようにまとまりのある音に聴こえ、なにか足りないように思うのは単独の曲が少ないせいなのだろうか。マイルスのトランペットはときおりJazzだよなと思わせる吹き方になって興味深い。




タンノイと300Bとミャンマーのコーヒー

  ちょっと気になる音を探して脚を伸ばしています。300Bという名の真空管の音が気になって片田舎の喫茶店に来ました。こじんまりとしたお店ですが、マスターが一人で切り盛りしていて目の行き届いた心地よい空間です。淡い赤色の柔らかい紅い紙でカバーされたメニューをみるとマナーの注意書きが書いてある。お子様のマナーが悪く他のお客様からクレームが出た場合は即刻お引き取り願い、高級なオーディオもあり機材を破損された場合は修理請求します。これでお店を守ってきました。とあるのを見て、芯の通ったマスターやなと思いながらマスターをみるととても優しそうな方で、なんとなく注記されたのが解かる。




 さてと、オーダーをするにあたり今日のおすすめのコーヒーが珍しいミャンマーの豆だったので頼んでみた。ちょっとお高い値段ですが、8割ほどの席は埋まっていて人気があるようです。オーダーしてから豆を挽いてドリップしてくれるので挽きたての香りが漂っていて香しく午後のけだるい時間を浮かせてくれます。とても上品な味わいで濃い目が好きな拙者には物足りなさが残るけど、ローストされたナッツが旨い。このコーヒーは飲み終わってしばらくするとかろやかな酸味がふわっと戻ってきて、それが柑橘系の味わいに似ているのが特徴だと思う。

 音楽のボリュームが小さくて隣に座られた中年女性二人の愚痴ばかりが聴こえてきてサックスの音が僅かに響いているだけだ。カウンターの前に座ったので、厨房から低音が遅れてやってくる。それもかなり低い音なので最初はレンジフードの音かと思ったぐらい。目をつむりながら音を聴いていると、哀れそうに見えたのかマスターがボリュームをちょっと上げてくれた。スピーカーはタンノイのスーパーレッドモニター12ではないかと思う。パワーアンプはモノラルの真空管アンプでプスバンの300B、プリアンプはROTELの黒くてスリムなタイプだから995ではないかしら、ターンテーブルとCD?はデノンが置いてある。聴いている音源はレコードでもCDでもないようでWeb回線ではないだろうか、レコードが聴きたかったですね。でも、音量が上がって低域と高域のつながりが良くなったけど、中域が不足しているように思える。お店の構造や制限されたセッティングになっているからだろう。でも、拙宅の異端児なタンノイとは違って30cmウーハーの柔らかく押し出してくる低音がやすらぎを生み出してくれる。


ヒラリー・ハーンの耀く高音域のヴァイオリンを聴く

 Youtubeで良く聴いていたのでCDを買ってみました。2002年の録音で、メンデルスゾーンop64、ショスタコーヴィチop77のヴァイオリン協奏曲です。11歳でデビューですから、この録音時ですでにキャリアは12年となりちょっと驚きです。でも、五嶋みどりも11歳でニューヨークフィルと上演してますから、珍しくもないと言えばそうなのかもと思える。

 メンデルスゾーンよりショスタコーヴィチの方がグッとくる感じで、エネルギッシュに弾きまくる音に弾きこまれれるのだけど、オーケストラの音がもやっとしていて、アンバランスなのが気になって仕方がない。情緒的な音を求める方にはメンデルスゾーンop64は不向きだと思えるのでしょうが、テンションの高い音の連なりはエレキギターの早弾きで育った人種には心地良いです。そのあたりでは五嶋みどりさんも似た傾向だと思えます。幼くしてデビューする人は既に技術ができているわけで、子どもの頃の方がよりアップテンポに指が動くだろうから似てくるのでしょうかね。



 ショスタコーヴィチの音楽は交響曲などを聴いても近代的だなと思える。音の飛び方を聴いているとインプロビゼーションでディストーションするところがチラッと垣間見える。そんな意味でもハーンの弾き方はショスタコービッチの音楽とマッチしているのでしょう。でも、何故かサンプル録音はメンデルスゾーンである。


ファウスト ゲーテ 著 高橋義孝 訳

  ファウストを30年ぶりぐらいで読み返しています。なにせメフィストフェレスの名前ぐらいしか覚えがない本で読み返すというには少々語弊があるようですが、とりあえず第一幕を読み終えました。

 悪魔の名前ぐらいしか覚えていないのが判りそうな内容で、名作と云われる所以が行方不明になりました。いくら伝説を基にしているとは言え、骨格に創作部分がないように思える。第一部は1803年の発表といわれるのを考えると神の無について率直に応えている点が時代としては凄いのかも知れない。悪魔と契約しているのだから表面的には神が存在していることを前提としてるけど、若い女性のグレートヒェンに信仰を問い詰められてはぐらかしているのが面白い。



 それにしても偉大な賢人が悪魔と取引して世の中の森羅万象を極める旅が恋の道なのは得てして妥当なのかもしれない。若いころから勉学に励み振り向いてみたら多感な時代を過ぎ去ってしまい、最も愛に純情で昂揚的な青春に引き込まれたわけだ。確かに戻っては見たいものの過去の記憶は消して欲しくなるように思える。そして誑かされたグレートヒェンは恋のために罪を犯し、悲しいい末路をたどるのだけど、神の思し召しがあるのは皮肉なのだろうか。いずれにしても賢人も人殺しになってしまうのだから、一寸先は闇なのでしょう。気を付けなくては。

  第Ⅱ部では第Ⅰ部で恋をして捨て去り不幸にしたグレートヒェンを憐れむのだけど、すぐに忘れてギリシャ神話に出てくるトロイアの美女ヘレネーを追いかける有様で、賢者とよばれたファウスト博士はどこにもありません。それに、冒頭で底の底にある母の国へ出かける際にメフィストフェレスから鍵を渡され、それがあれば無事にもどれるだろう。なんて言われるのだけど、次のページでは何事もなかったように戻り、昔の博士の部屋になってしまう。何十年もかけて書いているので構成が飛んでしまうのだろうけど文豪なんですよね。



 弟子のワーグナーが造ったホムンクルス(人造人間)に導かれて、ギリシャ神話の古へ行くのだけど、通り道が魔界で悪魔のメフィストフェレスが戸惑っていると、北の悪魔だからしかたないと南の魔女に諭されるところが笑える。メフィストフェレスは一説によると堕天使の長であるルシファーと同格なんて言われるが、とてもそうは思えないし、これが悪魔なら禍を起こすのは人間なんだと思える。

 ヘレネーを誘惑して引き連れてくるところはトロイの神話通りで、戦争に負けそうな皇帝を妖術で助けて海辺の領土を収め宮殿を建てるのだけど、目障りな教会と宿舎を追い払おうとして焼き殺してしまう。人を助け、勉学に励んできた晩成がこの体たらくである。どんなに賢人でも一皮むけば金と女ということなんだろうか、そうとも思えないのでこの話はおとぎ話なのだと思う。それにしてもエンディングはあほらしい。



20世紀の偉大なる精神異常なロックバンド、キング・クリムゾンを聴く

  キング・クリムゾンをロックとして聴くならやっぱりデビュー作のクリムゾンキングの宮殿である。のっけから21世紀の精神異常者のノイジィーなギター音にディストーションされたハスキーで透けるような高いヴォーカルが覆いかぶさる。1969年に発売されたけど、この音を聴いた人はぶっ飛んだと思う。それでも英国のチャートで5位に入るのだから、ある意味英国は病んでいたのだと思う。実際に長期低迷の最中でイギリス病と言われた時代であり、モッズと呼ばれる若者のムーブメントがあった。1979年にさらば青春の光という映画も作られ、観に行った覚えがある。何十年経って年老いた今聴いても、力が湧いてきて知らず知らず拳を握りしてしまう。



 A面の最後にエピタフ(墓碑銘)という名曲が入っている。タイトルの名の通り静かな曲なのだけど、グレグ・レイクのヴォーカルに引きずり込まれる。ちなみに1曲目もグレグの声なのだけど、エフェクタがかかっている。そのままの声は魅力的で、これを聴いたものだからクリムゾンを脱退して参加したELPのアルバムを買うことになる。

 1枚目のアルバム後、メンバーが入れ代わり立ち代わり変わってしまい、リーダーのロバート・フリップのバンドとなり、重くて暗いイメージが付きまとう。近代音楽風になってしまい、針を落とす回数は少なかった。やはり1枚目はロックであり、メロディーラインも美しい。

アル・ディ・メオラのギターを聴く:レビュー

 CASINO

 1978年3枚目のアルバムで早いビートのギターが炸裂している。とにかく早くてチャタリングしているかのような弾き方だから、音のビートの塊がメロディをなぞるように思え、フラクタルを思い出してしまう、そんな演奏なんです。しかも、スティーブ・ガッドのクールなドラミングがカッコよい。



 アコースティックギターを聴いても凄さがわかるけど、やっぱりエレキギターのアル・ディ・メオラを聴くのだったら、このサウンドは見逃させないし、若いエネルギーが漲っている。もうギター音だけで頭の中が埋め尽くされる。


Splendido Hotel 

 1980年4枚目のアルバムで2枚組になっている。リターン・トゥ・フォーエバーに在籍していたので、このアルバムにもチックコリアが参加している。そして、リターン・トゥ・フォーエバーの雰囲気が色濃く出たアルバムでもあり、2枚目のようなギター小僧が弾きまくるようなサウンドではなく、洗練されたメロディラインが綺麗なトーンのギターで奏でられる。Splendidoは綺麗という意味らしいので、そういうことなのだろう。 音楽の構成など、幅広い意味でアル・ディ・メオラの感性の拡がっていくのが判る。



Electric Rendezvous

 1982年5枚目のアルバムで再びパコ・デ・ルシアと逢い(相)見える。2本のアコースティックギターが真剣で手合いしているかのように響き渡る。こういうのを聴くとオーディオをかまいたくなるわけで、素晴らしい演奏があるからシステムも良くなるわけである。



 4枚目が綺麗なジャズフュージョンでアコースティックギターの曲があるからと言って、穏やかなアルバムではない。ジャケットにある黒ヒョウどおりの刺激あるサウンドでこっちの方がアル・ディ・メオラらしく思う。痛快な1枚だと思う。


Scenario

 1983年6枚目のアルバムになるのだけど、前年にライブ盤があるのでリリースとしては7枚目ですね。このアルバムはスティーブ・ガッドがドラムをたたいていなくて、なんとフィル・コリンズが叩いているんです。これにはちょっとビックリです。キーボードはヤン・ハマーが3枚連続で参加していて、曲の半分は彼の作曲ですから、サウンドとしての影響も大きくなっています。



 少し緩やかで落ち着いた大人の雰囲気になっているので、硬軟が一作ごとに入れ替わるという感じです。でも、ヤン・ハマーの曲はどちらかというとハードな曲をイメージするのですが、違った一面を見ることができます。フィル・コリンズがバラードを唄っていたら凄いアルバムになったかもです。まぁ、歌い始めたのは随分と後ですから無理ですね。


チェロ弾きの巨匠パブロ・カザルスを聴いて圧倒される

  パブロ・カザルスは1876年にスペインのカタルーニャで生まれる。パブロと言えばピカソを思い出すのだけど、やっぱりカタルーニャ生まれだから、この地方では多い名前だったんでしょうか。カザルスはチェロ弾きとして夙に有名な方で聴いているレコードはバッハの無伴奏チェロ組曲です。これをSonus Faber Minima FM2なるスピーカーで弦の擦れる音がなんとも美しい。小さなスピーカーなので低音部の空気が揺れるような豊かさはでないけど、11cmのコーンから出る音は情緒に溢れている。ツイーターの奏でる高音部は絶品でチェロの音は低めだけど麗しいメロディが流れてくる。



 無伴奏チェロ組曲のレコードは3枚セットなので、一回に聴くのは1枚にしている。3枚も聴こうとすると疲れてしまうのだ。なにせBGMで聴くよう類ではなく、演奏者の力がぶつかってくるのでどうしても正面を向いて聴いてしまう。それにしてもチェロの最も低い音は唸りのようになり、思いのほか低い音がでるので驚く。ヨーヨーマの音は心地よく洒落たように聴こえ、唸るような音を感じていない。もっとも同じ曲を聴けば違うのかも知れないが、カザルスの音はガシッとしていて一音一音が塊のようでいてこれがバロックだと思い知らせてくれる。