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ゲルゲイ・ボガーニのシューマン・ピアノ曲を聴く

 ブラック・フライデーと言うことで25%引きのメールがやってくる。その送り元はNativeDSD.comという名のオランダにある会社で、Channel Classics Recordsという名のレーベルを創設した人が起こした会社です。DSDフォーマットによる音楽ソースを配信している老舗のような存在です。


 どうも割引の案内に弱くって、ついつい買ってしまいます。今回はDSD64にすることで金額を抑えて購入しました。64⇒128で+300円、128⇒256で+600円とデータ容量に比例して上がるところが量り売りみたいで面白いです。

ちょっと風変わりなレコード

  ヘンデルのアルチーナというオペラがHHK FMより放送されていたので、気になって検索してみたらレコードを見つけました。3枚組で価格も安く盤面も綺麗なようですので買って1面目を探していると、No.6の裏がNo.1になっていて戸惑いました。


 おかしいなと思って、No.2を探すと裏面はNo.5です。普通1枚目の片面を聴いたら裏返して2面目を聴くのですが、これだとレコードを取り換えなきゃいけない。ほんとかなぁ、ラベルの貼り間違いじゃぁないのなんて疑ったのはいいけど、曲の順番なんて知らないし、イタリア語もさっぱりだし、と困った。

ヨハンナ・マルツィのコンプリートアルバムを聴く

  ルーマニア出身のヴァイオリニスト、1924年生まれで54歳と早くして亡くなられてます。NHK FMにてバッハの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータが流れてきて、上品な中に力強さがあって気になっていたら、2022年にマスターテープよりPCM192kHzでリマスターされた9枚組のCDを見つけて思わず買ってしまった。


 バッハの無伴奏ヴァイオリンはミルシティンのCDがあって素晴らしいのですが、どことなく緊張して気疲れしてしまう面があってヨハンナの柔らかさに惹かれてしまったわけです。

シューベルト: ヴァイオリンとピアノのための作品全集

  ヴァイオリンはユリア・フィッシャー、ピアノはマーティン・ヘルムヘン、曲はシューベルト。


 CHANDOSと言うヨーロッパのレーベルがあって、直販サイトがあります。ここが月毎に25~30%の割引をレーベルごとに入れ替えて販促していて、PENTATONEから出ている表題のデジタルソースを買いました。いつもはHDtracksから買うことが多いのですが、最近のドル高円安のためにため息をする有様で、30%引きに挽きこまれた次第です。

 シューベルトは大変好きな作曲家で、なんでしょうか、やわらかく穏やかな空間に包まれるような気がするのです。それにユリア・フィッシャーのヴァイオリンもしっかりした音の中に気の休まるものがあるように思います。

グレン・グールドの才気あふれるピアノを聴く

 ゴールドベルク変奏曲 バッハ

 デェビュー作にして一躍有名なピアニストへ押し上げた作品。兎に角演奏時間が短い、ということは弾くピッチがとても速いということなのだけど、グレンの曲しか聴いたことがないので、何の違和感もなくスポーツカーに乗ったように景色が飛び去ってゆく開放感に浸ってしまう。


 この曲を弾く人がいなくて、このデビュー作がきっかけで他の方に取り上げられるようになったようだ。グレンが弾くからなのかも知れないけど、バッハらしさは無くちょっとスリリングな現代音楽に聴こえてしまう。

 1955年の録音だけどリマスターしたSONYのモノラル版をCDで買った。もともとがモノラル録音でステレオに変更したものもあるけれど、やっぱりオリジナルに近い方がいいと思い、こっちにしたのだけど大正解。とっても音が良く、ピアノのタッチが溢れてくるようなリマスターでした。

イヴァン・フィッシャー マーラー交響曲1番 DSD256を聴く

  CHANNEL CLASSICSというクラシックレーベルがBlack Fridayということで、ダウンロードの楽曲を15%引きにしているのを見て買ってしまった。30周年記念のオムニバスをPCM44.1kHzに限って無料だったので以前ダウンロードして聴いたところ、実に録音がよいことを知り買いたかったのだが、ちょっとお高いので眺めていた。

 でもやっとCHANNEL CLASSICS でDSD256を買えたのだけど、近頃の円安でなんともはやです。22.1ユーロで約2,850円もしたけど、国内で買うよりはお得です。問題は買う楽曲でDSD256での再生ではオーケストラの音が良いと思うのですが、Iván Fischer & Budapest Festival Orchestraのシリーズはマーラーかブラームスで、すでにレコードがあるので迷ったのですが、やっぱりマーラーの1番なら好きなのでこれにしました。

ルドルフ・ゼルキンのピアノを聴く

  ピアニストのゼルキンは二人いて親子であるのですが、ここで聴いているゼルキンは父親のルドルフ・ゼルキンです。有名なピアニストはたくさんいますけど、ゼルキンの鍵盤をしっかり叩くピアノの音が好きです。
 奏でる音楽はいたってオーソドックスですが、曲が持つ印象をしっかり画いているように聴こえます。
 一つ一つの音を的確に作曲者の意図のもとに弾くことを教えにしていたと書かれていますので、その通りなんだろうなと思うのですが、ライブ演奏ではかなり自由になるようです。

 

シューベルト ピアノ五重奏 ます

 シューベルトの曲はほがらかで気持ちよいものが多いのですが、その中でもピアノ五重奏は楽しく面白く聴けますし、コントラバスの低音がとっても心地良いです。
 ついつい首を振りながらリズムとメロディに弾きこまれ、ピアノの高音が鮮やかに乗ってきます。



 春の野原を闊歩するかのような弦楽がするすると流れてゆく中に毅然としたピアノの音が全体を包み込み、主旋律を整えて構成されるのでより弦が楽しく振舞っても曲がはみ出ることなく特徴が洗練さるように響きます。
 そしてピアノ音もしっかりしている中で軽やかに踊り出すのですが、一音一音の余韻が甘くなく鮮明に聴こえて愉しいです。
 録音の音質は普通ですが、マスタリングは優れているレコードだと思います。


シューベルト ピアノソナタ21番 D960 遺作

 シューベルトが亡くなる年に描かれたピアノソナタ3部作の最終の曲です。シューベルトの曲はメロディアスで聴いていて、ほんわかしてくるところが好きです。


 静かにはじまり、雄大さが徐々に広がりながらも明るさと朗らかさが滲み出てきて、なんと落ち着きのあるシューベルトでしょうか。
 ゼルキンの弾くピアノは、その雄大さと落ち着きを押し込むような低さのなかに現れながらも、ほがらかさがほんのりと色づけされて心やすまるのです。



ブラームス ピアノ協奏曲第1番

 ジョージ・セルのクリーブランドオーケストラとの共演ですが、盤の音質が今一なのがちょっと残念ですが、ブラームスの綺麗な旋律が心地良いです。


 ゼルキンのピアノに合わせてオーケストラの音が回ってゆく中、ピアノのがっしりとした音が強く回り始めるのは、セルがゼルキンを気持ちよく弾かせているからだと思います。曲としては記憶に残るようなフレーズがなくて、ブラームスの室内楽曲としては何か物足りない感じを受けます。



ブラームス ピアノ協奏曲第2番

 こちらもジョージ・セルのクリーブランドとゼルキンの組合せです。これを聴くとゼルキンの力強さが曲とマッチしてすごく良いです。
 ピアノを綺麗に弾く人は多いのですが、この曲では印象が残りません。とても力強さがいる曲でメロディラインも特徴的でピアノとオーケストラがぶつかるような熱さがこの演奏にはあります。


 第1楽章でピアノの音にハッとして、第2楽章で弾きこまれ、第3楽章の始りはグッと力が一緒に入ってしまうぐらい、演奏と一体になる感じがよく、チャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番と同様に旋律が特徴的で面白いです。
 ピアノの強い音、弱い音、伸びる音と旋律を聴いていると大変そうな曲に思え、弱い音なのに力強く余韻を響かせているところがゼルキンのいい所だと思います。

ブルーノ・ワルター指揮のモーツアルト交響曲40番

ミルシティン:バッハ無伴奏ヴァイオリン

ブルーノ・ワルター指揮のモーツアルト交響曲40番をSPU Synergyで聴く

  ブルーノ・ワルターの晩年1953年と1956年にニューヨークで録音されたモーツアルト交響曲40番と41番のレコードを買いました。

 ブルーノ・ワルターが77歳の時に最高の指揮ができるとは凄いもので、音の積み重ねが年輪の積み重ねになるのは喜ばしいことだと思います。

 演奏するコロンビア交響楽団を調べてみますとコロンビアレコードがブルーノ・ワルターの演奏をステレオ録音するためにセッティングされた楽団らしい。
ハリウッドの楽団員だったりニューヨークの楽団員だったりと録音によって異なり、
このモーツアルトの録音場所はニューヨークなのでニューヨークフィルのメンバーが主体とみたいです。

 

 モーツアルトの交響曲では40番が一番好きですし、ブルーノ・ワルターが
もっとも心地よくモーツアルトを奏でてくれるように思います。
出だしの主題が、軽やかなウキウキするメロディが流れてきてモーツアルトだなぁと浸るように弦を響かせてくれる。

 カートリッジがSPU Synergyだと一段と風合いがでてきて骨太なのに軽やかさが失われずモーツアルトがみずみずしい。
いつ聴いてもなんだか朗らかな気分にしてくれる優しくて暖かくて親しみのあるブルーノ・ワルターの指揮です。


カルロス・クライバーを聴く

  演奏家または作曲家の名を題名にすることが多いのだけど、珍しく指揮者に惹かれて音楽ソースを集めてしまった。有名な指揮者の音楽はどれを聴いても素晴らしく、指揮者の違いは気にならない。でも、カルロス・クライバーはちょっと違う。音のテンポがとか表現の仕方とか音楽構成のことではなく、アンサンブルの音そのものが精緻で特級品の粒たちで明滅する。弦のフレーズで余韻が残るようなときに高い音から徐々に低い音へ重なりながら4弦が響くように聴こえる。こんなことは経験したことがなかった。クライバーは練習が厳しくて長いことで有名だけどそれが現れているのだと思える。


魔弾の射手 ウェーバー作曲

 カルロス・クライバー最初の録音で音質も優れている。序曲がわりと長くて優雅でメロディアスな旋律が綺麗で心やすらかに聴ける。ヴォーカルは前に出て少し奥まったところに伴奏が響き、アガーテのソプラノは艶やかで響きがあり線も細くなくすがすがしく聴こえ、カスパールのバスは朗々と唄われ、伴奏と融和して実に雄大である。なのでほんわかしている内に1枚目が終ってしまう。



 続いて2枚目は第2幕の魔弾を造るシーンで暗くて重く不気味な雰囲気が漂ってきます。そして第3幕のクライマックスへ向けてスリリングな展開の音楽が気持ちよく聴けますし、アガーテの歌声もより緊張感が盛り上がっていいです。アガーテ役はグンドゥラ・ヤノヴィッツで魔笛ではパパゲーノを演じるなど数多くの録音があるのですが、カルロス・クライバーでの録音はこれだけなのがちょっと残念です。 セリフの多いとか曲のメロディがとか構成とかではなく、またこの音がこの音楽が聴きたくなってしまう。結局のところ魔弾を放ったのはカルロス・クライバーなのではないかと思う。


こうもり リヒャルト・シュトラウス作曲

 録音が良いと言われているのですが、LPレコードを聴く限りでは普通に思える。ハイレゾでリマスターしたものがよい音なのかもしれない。それでも若いルチア・ポップの声は綺麗だし張りがあるし、第2幕のアリアを聴くだけも愉しめる。オルトフォンのSPU GEとMCトランスSAT-6600の組合せで聴く唄声はすぅーっとしたキレがあるのに骨格があり艶があっていい。



 どの作曲家でも曲の中に他の曲で使われたテーマやフレーズが出てくるものでワルツを聴いているとシュトラウスだなぁと実感してしまう。話も面白おかしい茶番劇で、仮面葡萄会は滑らかに注がれる音楽にあわせ踊り歌い、ときにはスネアドラムが行進曲のようにはいる。オーケストラと歌声の兼ね合いが綺麗でコラトゥーラは実に子気味よく、すんなりと身体の中に溶け込んでしまう。劇はめでたしめでたしで終わり、良き時代のウインナワルツである。


シューベルト交響曲3番、未完成

 シューベルトの曲はどれを聴いても癒されて少しばかり朗らかになれる。なんとなく日常の優雅さと折り目正しさがあって身近な出来事で花が咲いたり、子供がおばあさんをちょっと手助けしたりと小さな仕合せがシューベルトから聴こえてくるようです。

 室内楽曲や歌曲と比べると交響曲は馴染みにくいように聴こえるのだけど、カルロス・クライバーの場合は音の粒が綺麗で心地よくのほほんとしてしまうのだけど、録音が今一つでコーダなど盛り上がって多くの楽器が鳴ると混濁して飽和してしまい分離して聴こえないので、クライバーの良さが際立たず残念です。



3番の明るくてメロディラインが優しくてシューベルトらしくオーケストラが鳴り、未完成は今までのシューベルトから趣を変えようとしているように聴こえるけど、落ち着いた響きは厳かにならず澄みわたる草原を想い起す綺麗な旋律に癒されます。リマスターしたハイレゾ音源が出て欲しい。


ベートーベン 交響曲第5番

 言わずと知れた『運命』です。出だしのドアを開く音から迫りくるような音に怯えてしまうので買おうとは思わない曲なのですが、カルロス・クライバーの名演と称される第7番とセットになっているものだから、PCM96kHz 24bitをダウンロードしました。でも、改めて聴いてみると怯えよりもハーモニーの綺麗さに浸ることができてうれいしい。カルロス・クライバーでなければ買わなかったでしょう。

 カルロス・クライバーにかかると弦の織りなすハーモニーは非常に素晴らしいと思えるし、オーケストラ全体がしなるように滑らかに力強いエネルギーを発してくる。こんな運命もあるんだなぁと聴かず嫌いを反省する。

 これはPCM96kHz 24bitだからリマスターしてあるのかなと思える。オケのみなぎる力がしっかりと伝わってくるし、演奏もさることながら音質の良さも上出来だと思える。こういう音を聴きだすとなんだか大きなスピーカーで聴きたくなってしまうのだが、天井を倍の高さにして奥行きを1.5倍にとも思ってしまう。それにしても家にいたまま高音質な音楽ソースが手に入り、すぐに聴ける時代が来るとは思わなかった。



ベートーベン 交響曲第7番

 ベートーベンで好きな交響曲は6番の田園で次の7番をほとんど聴いたことがなかった。でも世の中では人気のある曲のようでカルロス・クライバーは3回の録音があるようだ。これはウィーンフィルの録音で巷で名演と称されるバージョンです。カルロス・クライバーの出した録音ソースはどれを聴いても素晴らしいのでどれも名演のように思える。これで録音とマスタリングがよければ言うことなしなのですが、ブラームスの録音はこもるというか音が塊になる部分が僅かにあるし、こうもりのレコードは音が割れる部分があってほんの少しばかり残念、この7番はPCM96kHz 24bit版なのですが、録音自体に少しばかり曇るというかオケの音が固まるようなところがあり、リマスターせずに単にサンプリング周波数とビットレートを上げただけのように聴こえる。5番と合わせて配信されていて、5番はとても良い音なので録音自体の問題なのでしょうか。

 演奏は軽やかで第1楽章を聴くとベートーベンの重さが無く、若いころに作曲した7重奏曲を想起させられます。第4楽章などはアップテンポなリズムでメロディラインが流れてウキウキしてきて、カルロス・クライバーとウィーンフィルの粋な調べを堪能でき、美しいという気持ちになってとても心地良いです。


ブラームス 交響曲第4番

 こんなに雄大に響くブラームスは壮大で気持ち良いです。ウィーンフィルの優美さと大胆さが備わって美しい弦の響くブラームスとは違う面が出ていて面白いです。第3楽章のテーマの特徴あるメロディが印象に残る曲で、ブラームスは交響曲より協奏曲の方が印象に残るメロディが多いと感じます。その印象ある主題が輝くように指揮を振っているのがいいです。

 CDのダイナミックレンジを稼ぐために音圧を上げてあるようですが、壮大に響く部分で僅かに破れるし低音が塊る部分があるのですが、それを差し引いてもカルロス・クライバーの巨きさに引っ張られていきます。リマスターしてDSD128あたりで出してくれると、ダイナミックレンジと弦の優美さの両方が出てとても素晴らしくなるように思えます。 


ヴェルディ オテロ

 いきなり音が割れている。あまりにも録音がひどくて耳を疑ってしまった。しかも1976年にミラノスカラ座で録音しているのに、なぜかモノラル録音だということを聞いてビックリしてクレジットを確認したら、なんと海外のレーベルの名がない。

 どうも海賊録音らしい。客席の咳払いが生々しいことから客席から一つのマイクで録ったもののようだ。カルロスの音の積み重ねなど聞けるわけでもなく、音がこもってオーケストラには思えない。とてもガッガリです。
 どうも日本コロンビアが来日記念で企画したものらしいけど、これを当時5,700円で発売したのは残念に思う。ラフマニノフ自作自演の録音もひどいけど、歴史的記録としての価値があるが、これは出演者には気の毒としか思えない。


五嶋みどりのヴァイオリンを聴く

 ベートーベン ヴァイオリン協奏曲

 ベートーベン生誕250年を記念して五嶋みどりの弾くヴァイオリン協奏曲が発売されたのでPCM96kHz-24bitのハイレゾを買ってみた。ロマンスの2曲も入っているのでベートーベンのヴァイオリン曲を網羅していることになる。11歳でレナード・バーンスタイン率いるニューヨークフィルと共演し、華々しいデビュー以来すでに38年の歳月が流れているのだけど、演奏する姿は今も新鮮に想い起せる。レーベルがワーナーミュージックというのが気になるが取り越し苦労であった。最近の録音は優れていると思うので、DSD版を出して欲しいものだ。

 管弦楽の演奏はルツェルン祝祭弦楽合奏団なのでオーケストラのような重厚ではないけれど、よくまとまった聴きやすい清楚明瞭な調べだと思うし、五嶋みどりのヴァイオリンが綺麗にマッチしてフューチャーされている。ベートーベンの持つ音は知的に構成されているせいか、ちょっと重い感じがしてどこか左脳が顔をだすのが気になるのだけど、このヴァイオリンはとても綺麗です。齢も50を迎えるころになり、卓越した技術量が悠然と安心な心地を醸し出していて気持ちいい。ヴァイオリンといういと量感と力強さが出る部分に表現は悪いがガサツというはガシッガシッとした響きがあり、大きなホールでは良い音なのだろうけど素人の自分が持つイメージと僅かに違っていた。でも、このヴァイオリンはすがすがしいほど綺麗なのに響きに量感がにじむ。


パガニーニ カプリース24曲

 これは1988年に録音されたものなので、五嶋みどりが17歳の時の演奏。パガニーニと言えば、悪魔の演奏家といわれるほどのテクニックの持ち主で、それを披露するために作曲も行っていたと聞いています。なので、この24曲も難曲と言われているのですが、17歳でCDが出ているところが凄いです。

 24曲で77分ですから、単純計算すると1曲3.2分なので現代人にとっては聴きやすいのですが、こういうテンションの張った曲を聴き続けるのは疲れる。なのでレコードだと半分で変えちゃうのでいいんですけどね。無伴奏ですから彼女のヴァイオリンの音が縦横無尽に部屋を回って時をさらっていきます。どの曲もそれぞれなので、好きな曲だけ聴けばいいように思いますし、ヴァイオリンの音の出し方のクラス・ライブラリーのように思え、このなかのエッセンスとテクニックで大曲を紡ぐように感じます。


ラロのスペイン交響曲を聴く

  交響曲とあるけれどヴァイオリンの音が綺麗なんで協奏曲かと思ってしまう。CDの音をさらに良くしようと思ってDSD256にサンプリングレートを上げたのだけど柔らかい音になっただけだった。音楽のエッセンスはどことなくスペインを思い起こさせるヴァイオリンの旋律が心地良い。



 ハイフェッツェのツィゴイネルワイゼンの曲解説を読んでいたら、サラサーテは希代のヴァイオリニストだったとのことで、このスペイン交響曲はサラサーテのために描かれた曲だった。どうりでヴァイオリンの独奏が多いわけです。ちなみにサンサースの序奏とロンド・カプリチオーソもサラサーテのために描かれた曲だそうで、サラサーテはスペイン人です。


ショスタコーヴィチのレコードが増えたので曲について整理してみる

  ドミートリ・ショスタコーヴィチ(1906-1975)はソビエト連邦時代の作曲家で有名な交響曲作家としては最後の世代ではなかろうか。メロディから音の効果音の連なりへと導かれ、現代音楽の萌芽を感じる。音を聴いているとスネアドラムの使い方はジャズを連想するし、金管楽器は映画の挿入音楽を想い起す。実際に曲を調べてみるとジャズも映画音楽も作曲しているので驚いた。メロディラインの曲はポップスになってしまったけど、再び交響曲作家の生ずることを願いたい。


交響曲第3番 コンドラシン指揮

 『メーデー』と名のついた交響曲で祝祭的雰囲気を表現するなどと言われていますが、曲を聴くと近代的な音楽の初端を聴くようで単にメーデーを祝うことが主眼だったら、5番と同じようにオーソドックスな構成にしたと思うのです。

 曲全体はプロトタイプという印象を持つのですが、音だけを聴くと結構面白く、打楽器のダイナミックさが映画音楽を彷彿とさせる。出だしはオーソドックスに始まり、金管も木管も弦までも打楽器のように打ち込むような音に溢れる。なんだかスリリングで緊張に追い込まれるようなシーンで、ハラハラしているうちに終わる。30分弱なのでいいところで続きは次週なんて感じに思える。


交響曲第4番 コンドラシン指揮

 初演をドタキャンしてお蔵入りになってしまった交響曲である。スターリン時代の粛清などきな臭い騒ぎに巻き込まれたのが要因であるらしいが、これに差し替えて5番を作曲し初演で喝采を浴びている。5番の題名は革命であるし、構成的には判り易い。でも、音だけを聴いたら何故そうなるのかはわからない。国家安康と同じことなのだろう。あとやたらに編成が大きいので有名だけど実際に作曲家が指定した編成で実現できるのかしらと思ってしまう。

 いきなりすさまじい打楽器と弦の咆哮で始まる。他の指揮者の場合はもう少し穏やかに始まりシロフォンだと思われるのが、なにせ鉄琴のように聴こえ音が突き抜ける。いろいろな音とリフが入り混じって気の休まるところが無い。ちょっと穏やかな弦のフレーズがでるけど次に何が起こるのかわからない切迫感に緊張する。そして裏面に入ると穏やかさと緊張が交互に現れ、徐々に穏やかな部分が増え、エンディングで大抵は盛り上がり壮大なコーダで終わるのだけど、4番は静かに消えてゆき力尽きたように終わるのが印象的。きっとこの終わり方を危惧したのだろう、スターリン時代の終焉を予兆させると因縁をつけられそうだ。

 聴き終わるとなぜかしら人の一生を観たように思える。生なるものの誕生の不思議と驚きと祝いがごっちゃになり、観るもの聞くもの興味がつきない思春期、はらはらドキドキな青春期、少し落ち着きのある壮年期、そして老年期と臨終。何回か聴いて思ったことは、音量を大きくして聴いた方が愉しめるということです。こういう音楽があるから、大きなスピーカーと室が欲しくなる。


交響曲第5番 ムラヴィンスキー指揮

 レコードがモノラル録音で古くてパチパチと音がして、サーというホワイトノイズが気になるけど、レニングラードオーケストラの圧倒的な凄みに消し飛ばされてしまう。レコードの特典期限が昭和43年3月31日とあるので、録音は1954年か1965年のどちらかで、レコード会社がビクターなので1954年ではないかと思います。

 4番が演奏できなくなり、5番をさっさと作ってしまうところが凄いし、批判をかわすためか古来の手法に準じた音で構成されているところも大したものだと思う。きっとマーラーまでの音の造り方は分析しつくしていたのでしょう。そいう意味では聴いていてどことなく安心感のある曲で、題名は『革命』と穏やかではないのですが、ロシア革命20周年を記念しているようで大団円で聴けます。単純にムラヴィンスキーに圧倒されて楽しめます。


交響曲第5番 コンドラシン指揮

 とにかく静か、あまりにも淡々としてオーケストラが響いている。とても祝賀という感じはしないけど、この曲はこんなにきれいな音だったんだと違うところで感心してしまう。演奏がどこかシニカルなせいなのか知らないけど、音量も小さめの録音になっている

 ショスタコーヴィチの本音の部分を音で表現するとこうなのかもしれない。コンドラシンの他の4曲を聴く限り、ショスタコーヴィチの鋭さがよく表現されているから、この曲にはそのアグレッシブな部分が隠されてしまい、それも含めての演奏なのかもしれない。それがショスタコーヴィチにしては珍しく綺麗な旋律なのでしょうか。



交響曲第6番 コンドラシン指揮

 第1楽章は穏やかでストリングスのメロディラインがスムースでショスタコーヴィチらしからぬ展開でどことなくマーラーを想い起してしまう。全体で30分足らずの曲の内、第1楽章が半分を占めていて落ち着いた気分になり、第2楽章から盛り上がってきます。この第1楽章と第2楽章を聴くと第7番の第1楽章へのつながりを感じ、第3楽章はさらに盛り上がって行進曲風にピッチも早くなり、ストリングスも響くのではなく打つように音が鳴り、ショスタコーヴィチらしさが展開される。

和洋折衷ではないので古今折衷というイメージでなかなかに良い曲だと思うのですが、印象に残るパートがないのでがちょっと残念です。でも、第1楽章はゆるりとした心持になっていいです。


交響曲第7番 ペトレンコ指揮

 ロイヤル・リバプール・フィルハーモニー演奏、ヴァシリー・ペトレンコ指揮のショスタコーヴィチです。これは、2xHDというハイレゾ音楽をリリースしているレーベルで、単にサンプリングレートを上げているのではく、リマスターしてJazzやClassicを販売していて音質が優れていると言われているので買ってみました。HDtracksからPCM192kHzをALACフォーマットでダウンロード、フォーマットは各種選べて20%OFFのセールスもあるのでいいです。

 レニングラードと名付けられていて第二次世界大戦の勝利を祝しているといわれるように、音楽もわかりやすく、リヴァプールのオケも気持ちの良い演奏ですが、弦の高域音の響きがちょっとたりないように思えます。第1楽章がボレロのように同じフレーズが繰り返されて徐々に大きくなり、このフレーズが耳に留まり、スネアの音とともに刻まれます。全般的にオーソドックスな音で静かなメロディラインも多く弦の音が綺麗、エンディングは盛大に盛り上がるコーダで終わります。難しい時代背景の中で従来の音で作曲しても良い曲になるところが天才の一端かと思うし、その中でもエッセンスを振りかけるところは生き様としてただただ凄いなと思うのです。


交響曲第9番 コンドラシン指揮

 7番の第1楽章を連想するポップスを予感させるようなリズムとメロディが聴こえてショスタコーヴィチ にしては、ついついリズムを踏んでしまうような親近感が出ます。3番と同様に短いのですが、何か戸惑いを感じさせるものがあります。何か忘れ物をしてきたかのように構成のまとまりを欠いて終演してしまうように感じます。






交響曲第11番 コンドラシン指揮

 題名が1905年とあり、ロシアでおきた血の日曜日と呼ばれる惨劇がテーマなようだ。その年には映画『戦艦ポチョムキン』で知られている反乱が起きた動乱の始まる年にあたります。『戦艦ポチョムキン』に画かれたオデッサの階段は市民が銃殺される場面ですが、史実には無いようですから血の日曜日を示していると思われます。音楽がこれらのシーンを表現しているのは聴いていてよく分ります。

 スネアドラムが心臓の脈を煽るかのように鳴り響き、精神的な圧迫がちぎれるようにA面が終る。裏返ってB面は恐ろしい響きで低い弦が静かに唸り、部屋の片隅まで悲しみがみちみちてゆくと、金管の咆哮によりうねりが高まってゆく。ショスタコーヴィチの映像音楽であり、古き親しんだ音と新しき効果音とがあいまった混沌としたところが、ショスタコーヴィチの隠れた心境があるように思えてくる。


交響曲11番 ペトレンコ指揮

 なぜかまた11番です。これはHDtracksのメールでNAXOSレーベルの半額セールが来て、物色していたところペトレンコ指揮リバプールオーケストラのショスタコーヴィチ1番を見つけたので買ったのです。 聴いてよく見てビックリ、Shostakovich Vol.1 のあとにNo.11と書いてある。なんと見間違えてしまった、同じ曲を違う演奏者だからと買うほど裕福ではないのですが、買ってしまったのでは致し方ない。

 ところが、聴いてこれまたびっくり。96kHz32bitの録音は綺麗いです。NAXOSなので、そんなに期待していなかったのですが、2008年の録音でそこそこ新しく、各楽器のセパレーションがすばらしく定位も優れているので、聴いていても楽器が見えるかのようです。出だしの音が小さな曲ですが、潰れずに繊細で輪郭のある音が聴こえ、スネアドラムを叩く音は歯切れがよくて臨場感が湧き立ち、緊張が走るんです。コンドラシンの方が壮絶な音で圧倒されるのですが、ペトレンコの方が鮮明でまとまりがあり綺麗なので各場面のイメージが残りやすいです。最近の技術の進歩を感じるわけです。


交響曲第14番 コンドラシン指揮

 題名が死の詩(うた)とあるだけに、厳かで慄きのある曲に聴こえます。太くて暗いバスにこれまた重苦しいソプラノがアカペラのように響く、伴奏はあるのだけど無音調で効果音のような音だから、まさに現代音楽の迷路に入るように思える。それでも、歌はメロディがあるので聴いていられ、まさに地の底を這うかのようだ。新しいところではグレツキーの交響曲3番を思い出すけど、まだこちらの方が伴奏にメロディがある。

 音楽的には凄いと思うのだけど、聴き終わるとなんだか気が抜けて暗くなる。現代音楽の始まりだけど終わりでもあるのではないか。メロディやリフはポップになってしまったけど、交響曲でも数々のメロディの集成なのだから、アビーロードのB面のような交響曲が出てくることを希う。



ヒンデミットを聴く

  ピアニストのアレキサンダー・メルニコフがアルトホルン、チェロ、トロンボーン、ヴァイオリン、トランペットと各々に演奏するソナタ集で、とても高音質なCDです。ヒンデミットはショスタコーヴィチと同じ年代で最後のクラシック世代と言えます。音を聴くと現代音楽を思わせる雰囲気がありますが、近代的な中に古典的なメロディラインもあって楽しめます。



 気鋭なピアニストで研ぎ澄まされた音を弾いてくれますが、決して緊張しすぎずにヒンデミットの音楽を表現してくれるメルニコフは構成力があるように思われます。最初のアルトホルンの響きとピアノの響きが時の流れを緩やかにしてくれそうに聴こえて特に印象的です。どの曲も楽器と楽器が美しく、時には生々しくて新鮮な驚きの内に聴き終わってしまいます。オーディオのリファレンスとしても素晴らしいと思います。

ヨハネス・モーザーを聴く

 エルガー作・チェロ協奏曲

 ドイツ系カナダ人のチェロ弾きで1979年生まれですから、既に中堅どころという感じです。気にはなっていたのですが、新譜を買うにはと躊躇そていたところHDtracksからエルガーのチェロ協奏曲がお買い得な値段で出ていたものですから買ってみました。CDではチャイコフスキーの曲と抱き合わせで、そこそこのお値段ですから、1曲にしてもお安いので試にはいいです。音源も96kHz-24bitですから、聴くには十分なbitrateでチェロの響きも滑らかです。

 曲の長さは30分程ですので、チェロの響きに酔いしれている間にエンディングになります。オーケストラの音が出しゃばらず、チェロの重厚な音から軽やかな音色まで堪能できる秀作だとおもいます。ヨーヨーマのように哀愁を帯びた情感のように麗しい感じでもなく、カザルスのようにチェロ・チェロ・チェロという感じでもなく、現代的な端正で鮮明なハイレゾのような音色で好感が持てます。実にこの値段でこの曲をこのチェロを聴けるのは仕合せです。




ヒラリー・ハーンの耀く高音域のヴァイオリンを聴く

 Youtubeで良く聴いていたのでCDを買ってみました。2002年の録音で、メンデルスゾーンop64、ショスタコーヴィチop77のヴァイオリン協奏曲です。11歳でデビューですから、この録音時ですでにキャリアは12年となりちょっと驚きです。でも、五嶋みどりも11歳でニューヨークフィルと上演してますから、珍しくもないと言えばそうなのかもと思える。

 メンデルスゾーンよりショスタコーヴィチの方がグッとくる感じで、エネルギッシュに弾きまくる音に弾きこまれれるのだけど、オーケストラの音がもやっとしていて、アンバランスなのが気になって仕方がない。情緒的な音を求める方にはメンデルスゾーンop64は不向きだと思えるのでしょうが、テンションの高い音の連なりはエレキギターの早弾きで育った人種には心地良いです。そのあたりでは五嶋みどりさんも似た傾向だと思えます。幼くしてデビューする人は既に技術ができているわけで、子どもの頃の方がよりアップテンポに指が動くだろうから似てくるのでしょうかね。



 ショスタコーヴィチの音楽は交響曲などを聴いても近代的だなと思える。音の飛び方を聴いているとインプロビゼーションでディストーションするところがチラッと垣間見える。そんな意味でもハーンの弾き方はショスタコービッチの音楽とマッチしているのでしょう。でも、何故かサンプル録音はメンデルスゾーンである。


チェロ弾きの巨匠パブロ・カザルスを聴いて圧倒される

  パブロ・カザルスは1876年にスペインのカタルーニャで生まれる。パブロと言えばピカソを思い出すのだけど、やっぱりカタルーニャ生まれだから、この地方では多い名前だったんでしょうか。カザルスはチェロ弾きとして夙に有名な方で聴いているレコードはバッハの無伴奏チェロ組曲です。これをSonus Faber Minima FM2なるスピーカーで弦の擦れる音がなんとも美しい。小さなスピーカーなので低音部の空気が揺れるような豊かさはでないけど、11cmのコーンから出る音は情緒に溢れている。ツイーターの奏でる高音部は絶品でチェロの音は低めだけど麗しいメロディが流れてくる。



 無伴奏チェロ組曲のレコードは3枚セットなので、一回に聴くのは1枚にしている。3枚も聴こうとすると疲れてしまうのだ。なにせBGMで聴くよう類ではなく、演奏者の力がぶつかってくるのでどうしても正面を向いて聴いてしまう。それにしてもチェロの最も低い音は唸りのようになり、思いのほか低い音がでるので驚く。ヨーヨーマの音は心地よく洒落たように聴こえ、唸るような音を感じていない。もっとも同じ曲を聴けば違うのかも知れないが、カザルスの音はガシッとしていて一音一音が塊のようでいてこれがバロックだと思い知らせてくれる。

ウィーン室内合奏団(ゲルハルト・ヘッツェル)を聴く

  室内楽曲の音は楽器数が少ないのでなんとか聴き分けられることができ、オーディオの調子を診るにも良いし、織りなす調べにゆったりと身を任せる時間も心地良い。ベートーベン7重奏はベートーベンの初期の頃の作品だそうで、交響曲第1番のころだと言うからかなり初期の作品らしい、なんとも朗らかな旋律でいかにも午後の室内楽曲を愉しむ風情があり、ベートーベンの理屈っぽい重苦しさが無くて気楽に聴ける。楽器構成は、クラリネット、ファゴット、ホルン、ヴァイオリン、ヴィオラ、チェロ、コントラバスです。


 ウィーン室内合奏団を創設したゲルハルト・ヘッツェルは1971年にウィーンフィルハーモニーの第1コンサートマスターになった人で、1992年に山岳事故で亡くなっています。享年52歳と演奏者として充実した時期に惜しまれる事故です。そしてこの楽曲はその亡くなる1ヵ月前の録音なのです。ウィーンフィルのそうそうたる方たちですから、演奏は優雅そのもので旋律が美しく浮かび上がります。小春日和の午後に丸みを帯びた深みのあるティーカップにダージリンを濃い目に煎れて、クッキーを齧りながらしらべが流れてゆきます。


ヴァイオリニスト庄司紗矢香を聴く

 1999年にパガニーニ国際ヴァイオリンコンクールで優勝したのですが、当時16歳という史上最年少。その翌年の2000年にこのCDをリリースしているので17歳の少女が弾いているのだけど説明がなければそんなに若いなんて思わないほど安定感のある綺麗なヴァイオリンを奏でている。パガニーニと言えば天才ヴァイオリニストでやたら難しいテクニックをいとも簡単に弾くことで有名でそれを披露するために作曲したようなものだから、高度なテクニックを要求されるのだろうけど、すんなりと滑らかに乱れるような欠片もなく精錬されたうちに終わり、なんだか清らかになった気分である。

 指揮者はズービン・メータでこれまた綺麗な音で録音状態も良く、ヴァイオリン・ソロの音色が鮮やかに浮かび上がるような演奏で、イスラエルフィルとのコンビは一心同体のように思え、可憐さが残る彼女をそっと抱きかかえるかのように端正な音色である。

ミルシティンの弾くヴァイオリン・ソロを聴く

 J.S.Bachの無伴奏ヴァイオリンのためのソナタとパルティータのCDを購入した。これはヴァイオリンの奏でる音色を聴くためにSonus Faber FM2なる旧いスピーカーを買ってしまった連鎖からである。なにせ国から使うための給付金を頂いたのでありがたく使ってしまった。ヴァイオリンの音源はあるのだけど、協奏曲ばかりなのでソロの音楽をと思い、買って聴いてみてビックリ。知らないとは恐ろしいもので、どう聴いても二人いるとしか思えない。やたらに重奏音が多くてしまいには通奏低音のような伴奏にメロディラインが流れてくる。2弦は同時に弓に当たるのだろうけど、こんな風に弾けるのが不思議でならない。ミルシティンが有名だったので買ったけど、なるほど名盤である。

 ソナタとパルティータの違いがそもそも判らないけど、パルティータは変奏曲の意味合いが強いもののようだ。でも、ソナタが3曲、パルティータが3曲あって交互に出てくる。だから全曲聴こうと思うと100分ほどかかるので、2枚組のCDになっていて、大抵は1枚聴いたところで十二分に堪能できる。Sonus Faber FM2が奏でるヴァイオリンは見事であり、弓と弦の擦り方がうねりになって届き、ああーヴァイオリンってこんな音がするんだと更に驚いて聴いてしまう。ミルシティンはこの曲を2回録音しているようで、これは2回目の1973年69歳の時の録音だそうで、とても69歳には思えない。重厚でしっかりとした技術に裏付けられ、研鑽してきた者のみが放つ芸術の香りが部屋に漂う。

オットー・クレンペラー指揮の大地の歌を聴く

 マーラー作曲の大地の歌を聴きながら焼酎を呑んでいる。まさに酒と歌なのは、この曲の詩は李白だからである。『花さく木々のもと、壺いっぱいに満ちた酒。 独り酌んでは飲むだけで、ともに親しむ相手がいない。杯を高く挙げて、明月を招きよせ、わたしの影と対いあえば、三人の仲間となった。…』と続く「月下独酌」なる詩は酒仙として我を励ましてくれる。マーラーが酒好きだったとは聞いたことが無いけど、酒を友と思うのにとって掛け替えのない詩人の詩を交響曲にしちゃったのだから、独りでレコードを聴きながら酒宴をもようしているわけである。これで、遠い存在である李白とマーラーと三人の宴会だと独り言ちる。

 第1楽章は『大地の哀愁を歌う酒の歌』であり、ホルンの響きにテノールの唄声が地平の彼方へ届くかのように酒の雫とともに五臓六腑に染込んでくる。レコードの状態も良く録音も良い、オーケストラのテンションが気持ちよく伝わってきて名盤と言われるのがよく分かる。1964年と1966年にわたって録音されていて、フィルハーモニー&ニューフィルハーモニー管弦楽団と記されている。これは録音している1964年にロンドンにあるフィルハーモニー管弦楽団が経済的に破綻したため、ニューフィルハーモニー管弦楽団として再出発したためだと思われる。この時期の録音はマルチチャンネルで多重録音してミキシングされていないからオーケストラの音像空間が判り易く優れた録音だと思う。

 なぜ第9番交響曲としなかったのは、大作曲家は9番目で終わるジンクスからきているらしいけど結局10番は未完になるのだから、マーラーがそこにこだわったのだろうかと思っている。なにせ、大地の歌の副題に交響曲とあるようなのだから。