カラマーゾフの兄弟(下)ドストエフスキー著 江川卓訳

 下巻は主に長兄ドミートリーの裁判状況が占めていて二転三転する内容は、推理小説を凌ぐ内容だと思う。圧巻なのは検事と弁護士の心理分析描写であり、字数が多いのに冗長にならないところが作家としての凄さだと思う。でも、それだけに不思議に思う点がある。それはイワンがそそのかした描写は中巻のどこにもなく、譫妄症になってしまうところである。長兄は感情、中兄は理性、末弟は道徳だと思うのだが、理性だけが根負けしてしまうかのようだ。そうまるでキルケゴールのように思えて仕方がない。『絶望とは死に至る病である。』と遺したキルケゴールの言葉とイワンの苦悩はにているように思えるが、なぜ絶望なのか?理性が絶望に追い込まれて道徳だけで生きるものでもないように思えるのだが、なぜゆえに作家は死に至りそうな描き方をしたのだろうか。

 作家の思想は弁護士の最終弁論に表れており、裁判を通して人の生き方について長年の考えをまとめてあるように思える。長兄は赦しを得たように見えるが、中兄は赦しをこうことを拒んだように思えるけど、ここに神に対する人ではなく実存する人として描きたかったのではないか。日本人の拙者にはとても理解できそうにない部分である。いずれにしても上巻の大審問官の回答が最終弁論であろうと思われる。思想的文学としても推理小説としてもサスペンスとしても同じ人のなかで起こることなのだから、同時に進む展開は当然であるものの、人の奇怪さや複雑さを感じさせられ、夥しい比喩と修飾語の一つ一つがまさにその通りである。実に稀有な本だと思う。

家のかほり

  1秒に追われていたところから、開放されたというかシャットアウトされたというか、まぁいずれにしても豊かな時間が戻り、自分自身が活き帰ってきたように思える昨今で、時間の豊かさが学生時代を想い起させた。学生時代のころは実家にいて帰る時間がバラバラなほど遊んでばかりいた。外食するときもあったけど、おふくろは何も文句を言わなかったし、何時に帰ってこようが、「ただいま、腹減った」というと「お茶漬けならあるよ」と言いながら卵焼きも焼いてくれた。カミさんと所帯を持った時に仕事の付き合いで外食して帰ったら、「なんで連絡してこんの!もったいないでしょ!」とえらく怒られていらい電話するように躾けられてしまった。よくカミさんに「私はあんたの母ではない」と言われたけど、まったくもってその通りだと自覚した。
小学生の頃は六畳一間に一口コンロと炊飯器があるだけで親子三人が暮らしていた。今、考えてみると貧乏だったわけだ。友達の家に行ったり、津島のおばあちゃん家に行くと、部屋がいくつもあるから走り回っていたけど、自分家が貧乏だと思ったことは一度もなかった。部屋の入口の角に一口コンロとガスの炊飯器が置いてあり、どうやって料理していたのかちっとも思い出せない。脚を折りたためる丸いちゃぶ台で家族三人一緒にご飯を毎日食べていた。勉強もちゃぶ台の上だった。そんなころに父親は何を思ったのか知らないけど、美術館に連れて行かれ、ムンクの叫びの前でなぜか棒立ちになってしまい、ボゥーっとしていたら夕焼けの背景がこびりついてしまった。そして、中学へ上がるころにカフカの変身をくれた。薄っぺらな本でカフカの写真がぼやけていてなんやら寂しげにみえる。頬を両手にあてるとムンクの橋の上の人に診えてくる。その記憶がいまだに僕を支配していて叫びと変身は同じかほりがするのだ。
 中学生になると借りているアパートの別部屋を借りてもらい勉強部屋を作ってくれた。その時に初めて自分の椅子と机を持って、勉強をするわけでもないのに自分の城を持ったようで意味もなく嬉しかった。そして父親は、なんと自動車を買ったのだ。もうこれにはビックリ!よく買えたなあと今でも思う。最初のころは父親の運転も怖かったけど、ほどなくスムーズなドライブで家族三人そろって、いろんなところへ出かけて行った。朝の日が顔を出すのを見ながら家を出て、とっぷりと暮れた遅い時間に帰ってきた。父親一人で長時間のドライブだけど、楽しそうに運転していたのを思い出す。まだ休みは日曜日だけという時代で、細くて背中に傷跡もある身体のどこにそんな体力があるのか、父に似て僕も細くて体力不足を感じることを思うと不思議でしょうがない。
 大学生になると自由な時間が増えてバイトと遊びに多忙だったので、家には寝に帰ってたようなものだ。そして、両親は念願のマイホームを手に入れたのだけど、僕には空間が広がっただけのように思えた。きっと、狭いアパート暮らしが長くて、家という外見的なものにこだわりが無いのだと思う。そんな僕が今では自分の持ち家があり、家の中にはゴッホやらピカソやら息子が画いた絵やらが壁を飾ってあり、本棚には絵本と児童文学シリーズが並んでいる。そんな息子たちも一人立ちしてカミさんと二人きりだし、実家はおふくろが一人で暮らしている。家の間数が増えただけ、かほりが薄らいだだけのように想えて仕方がない今日このごろだ。

約束の塔2

 しばらくするとまた引越しの荷物が届いた。上の階の友人の隣の部屋にそそくさと運んでもらった。原木から切り出した見るからに高そうな机と人間工学的にデザインされた現代的な椅子がミスマッチしながら並んでいる。若者としたら未分不相応な代物のように思えるし、幼馴染のあいつが机に向かって座しているなんて姿は想像するだけで鬼が笑い転げて涙を流して帰っていきそうだ。一体誰にもらったのだろうか、本人が買うとも思えないが衝動買いをしそうな気がしないでもない。

主人の居ない部屋の空気がむさくるしくなりそうな頃にドアのチャイムが鳴った。モニターに映っているのはちゃらけた幼馴染だ。ドアを開けてやると、

「よー元気そうでひっさしぶり。」と聞き飽きた声のトーンが耳を占有する。

「あー、お前もな。ちょうどいい、同居人が実はもう一人いるから紹介するわ。」と僕の大学時代の友人を紹介する。

「うーっす、こいつの幼馴染っす、よろしく。」と幼馴染が変な自己紹介をすると、

「いえいえこちらこそ、以前に数回飲みましたね。覚えていらっしゃいますか?」と友人が馬鹿丁寧なあいさつをしている。

「あー覚えてるよ、飲んでる最中に他の大学の連中と盛り上がっちゃって飲みすぎて、川のほとりで一緒に朝までくたばってた人でしょ。」と幼馴染が言いだすと、

「そうそう、あの後が大変で朝に目を覚ましても頭が痛くて、ふらふらになりながら下宿にかえったよ。」と笑いながら友人が応えている。

「うーん、いい部屋に住んでんじゃねーか。ふーん、テレビがなさげなリビングがいいねー。おー相変わらずオーディオが場所を占めてんな。いい音楽といい空気といい仲間があれば良い人生だ。」と褒めてんのか貶してんのか分からないコメントを幼馴染が吐きながらリビングを物色している。

「なにがいい人生だ。いっつもお前が俺の部屋に来て散らかして帰ってただけだろう。」と幼馴染のお世辞を蹴散らかす。

「折角だから、レコードでもかけようぜ。えーと、えーと、うんそうだな、これにしよう。」と幼馴染が手にしたレコードは思いがけなくドボルザークの新世界よりなのだ。
「しかし、お前がクラシックを聴くなんて成長したね。幼馴染が交響曲を掛けるとは思わなんだ。世の中は知っているようで存外相手の事を知らないもんだね。」と感嘆しながら僕が批評する。
「でもよーTVないと不便じゃねぇ?」と幼馴染が言うと意外にも友人が、
「無くても何ら支障はない。最近のメディアはレベルが低いですし、女子アナなんか常用漢字すら読めないのがいるんだから、却ってTV見る方が悪影響あるんじゃないかと思うよ。自分たちのレベルの方が高いなんて変に自信過剰になるように思う。」
「まぁ確かにTVなくてもスマホがあれば実情はわかるしな。」と幼馴染もやけにしおらしく相槌を返している。そこで僕が、日経新聞はとってるからって言ったら、二人からチラシがなくても大丈夫か?だって。僕を主夫にしようとしている魂胆で即座に二人で息が合うなんて末恐ろしい。どう見ても不利なような気がする。僕は絶対にこいつらの日常に惑わされないぞと密かに誓う。

スライド・ギターと言えばオールマン・ブラザーズ・バンド『フィルモア・イースト・ライブ』を聴く

 スライドギターの名手デュアン・オールマンの形見とも言えるライブ盤である。このレコードが出て間もなくオートバイ事故で24歳という若い人生が閉じてしまった。デュアン・オールマンはセッションギタリストとして活躍しており、その中でも有名なアルバムはエリック・クラプトンのいとしのレイラだと思う。なにせ、クラプトンのギターよりデュアンのギターの方が耳に残ってしまうのだから大したものである。

 そのデュアンが弟のグレッグに誘われて活動を始めたバンドがオールマン・ブラザース・バンドであり、一躍名を馳せたアルバムがフィルモア・イースト・ライブである。長い曲が何曲かあり、インプロヴィゼーションによる展開がライブ感を出している。今時こんな長い曲を演奏するようなことはないように思え、時代の変遷を感じる。オリジナルは7曲だったけど、後にマスターテープが発見されてリマスターされたヴァージョンでは曲数が増えているようだ。
 1曲目からスライドギターの唸る痛快なサウンドが心を捉える。音的にはブルースにサザンロックの泥臭さとカントリーの風合いが混じったように聴こえ、アメリカンロックの根のように思える。当時のライブ感がもろに出ていて、今のようなエンタテイナメント性はなく、ひたすら音楽に酔って観客とミュージシャンが相互作用を起こしているのが録音から伝わってくる。

いぶし銀のロッカー、JJ・ケールを聴く

 この#8なるレコードは文字通り8枚目のアルバムです。いぶし銀のようなブルースロックギターに少しだみ声な味わいのある唄声が響き、アメリカの味わいあるロックを聴ける。サウンドはシンプルだけど実に粋でカッコイイ、本人よりもコカインという曲の方が有名ではないかと思う。この曲はエリック・クラプトンがカバーして売れ、クラプトンのサビのあるブルースギターが耳に残る。クラプトンのこういった弾き方はJJ・ケールの影響のように思えて仕方ない。

 このアルバムはR&Bとカントリーの融合のような曲調が多く、1983年にリリースされていて、安定感あるギターサウンドに身を包み、ちょっと泥臭くて渋い音を聴けば優しくなれる。

TU-8600R (エレキット) 300Bシングル 真空管アンプキット 製作:レビュー

 YAMAHA A2000の調子が今一つで左へ音が寄るし、音の切れ込みや鮮やかさが薄れてきたように思うこの頃だ。そこでなんとなくアンプをWEBで見てしまうのだが、真空管アンプの記事を読んでいると出力が小さいのに良質で大きな音が出ているのが目にひく。パワーアンプで真空管を使ったことが無いので気になって仕方がない。
 出力の大きいソリッドステートがあるので、やはりシングルの300Bの音が聴いてみたいと思う日が続いた。手が届く範囲で良さそうなアンプはTU-8600なんだろうなと思っても既に完売済である。
 世の中は不思議なもので、人は意識すると対象物が目に入ってくるようになる。何気なくサンバレーさんのサイトを見ていたら、エレキットTU-8600Rを販売している。過去のページを見ているのではないかと確認したが、やっぱり1台だけ販売している。これは買わなければと思ったのだが、ちょっと物入りだったのでためらってしまった。明日の朝に残っていたら買おうと思ってサイトを閉じた。翌朝になったらまだある。これは買えとの思し召しだと思い、苦しい懐だったけど買ってしまった。300Bの真空管はないのでセットで購入したけど、WE仕様は高くて手が出なかった。

 


 師走に入ったところでもあったので、箱の中身を袋単位で大雑把に確認して再度梱包した。半田付けが主な作業だけど、そのまえにコンデンサと半田を手に入れる必要があった。半田は無鉛タイプに切り替えていたけど何がいいのかに迷っている最中だったので、記事を見て思案したところ、やはりKesterだと思いKester48の銀入りタイプを探して買った。これを切り売りしてくれるところは少ない、実に良い半田なのでもう少し出回れば安くなるのにと思う。もう一つはカップリングコンデンサをどうするか、それから回路図を見てみると音の通る道で使う抵抗は入り口だけなので、これも変えておこうと思いWebを参考にした。コンデンサはChriskitMkⅥのメンテをした時と同じように、初段側をオイルコンデンサにして出力側をTRWのフィルムコンデンサを買い、抵抗はDALEのNS-2Bを買おうと思ったけど、抵抗値であうのが同じで店ではRS-2Bだったのでこちらを購入した。なんとか年末までに必要な部品は揃った。



 
 基板に部品を半田付けすれば出来上がり、配線の不要なところが不慣れな拙者にも非常にありがたい。でも変更した部品は何かと問題は出る。まずはDALEの巻線抵抗RS-2Bの脚が太いから基板に入らない。せっせとヤスリで削り嵌め込む、音の通り道で抵抗があるのは初段に入る前だけなのでL・Rで一ヵ所変更する。真空管アンプと言っても基板には新しい素子が使ってあってハイブリッドアンプと言っても良いのではないかと思う。
 整流用のダイオードに回復時間が短いショットキーバリアダイオード、ファストリカバリーダイオードが3個使われており、脚を曲げてビスを止め半田付けする。きちんと放熱されるように基板ができている。それからフォトカプラがあり、用途の一つであるアナログ動作:スイッチングレギュレータの誤差帰還として活用されているし、導電性高分子コンデンサまでも使われている。
 そして、出力トランスでは専用三次巻線による300Bへのカソード帰還や、電圧増幅段のみの帰還など、極めて安定な局所NFBを採用し、オーバーオールのNFB量を少なくすることで、過渡特性の悪化を抑えたとあり、実に良く設計されているのに感心するばかりだである。





 次の変更点はカップリングコンデンサで大きなコンデンサに替えられるようにホールの位置が複数空いているので、初段にSPRAGUEのオイルコンデンサ、終段にTRWのフィルムコンデンサを難なく取り付ける。困ることは巻線方向により取付方向があるとのことだけど微電流が測れないので印字方向のみ合わせる。
 最後の変更点はボリュームで、今回は使用せず直結にする。標準品はアルプスの50KΩタイプなので同じ抵抗値のDALEを付けたのだが、曲げてもカバーに当たりそうなので薄いゴムを貼っておいた。CDになってから出力電圧が上がりプリアンプが無くても音楽が聴けるし、最近はDACとPCだから余計にプリアンプの影が薄いようだ。
 でも拙宅ではレコードが多いしカセットデッキまでもあり、アキュフェーズE-470 のボリュームは優秀でプリの出力直前にボリュームがいるし、A2000もあればChriskitもいるのでボリュームを増やして音を劣化させることもないので外すことにした。



 仮組ができたので、コンデンサの向きや大きさを再チェックしてから通電してみる。異常な発熱や音はないようなので一安心、テストポイントが数多く設定してあるのでマニュアルに記載されている電圧を確認する。
 次は真空管を差し込むのだけど、300B を手にするのは初めてで、大きくて美しい曲線を描いたラインを見て目じりが下がった。JJのECC83Sを中央に1本、その両側にJJのECC82を2本、更に外の両側に300Bを2本差し込む。このキットには真空管は付属しないのだけど、サンバレーさんで真空管をセットで買った。
 300BはPSVANEのWEモデルが欲しかったけど、高くて手がでず通常品にした。このセットだと12AX7(ECC83)12AU7(ECC82)にはスロバキアのJJ-ELECTRONIC社製となるが、ECC83にはSが刻印されているので高信頼管が付いてきてちょっと嬉しい。1時間ほど通電して真空管のヒーターが綺麗に光っているから、電源を一度切って、音出しチェックのためRogers LS3/5aに繋いでみた。11Ωの初期型で能率が82.5dBと低いのが気になるが、中低音域は125㎜と小さいので良いと思う。今まですんなりと音が出たことが無いのでとても心配なのだが、なんと一発で音が出て感動した。
 これは、エレキットさんの組立説明書が大変良く出来ているおかげだと思う。真空管のエージングをしていないせいか、百恵ちゃんの声が左右からドップラー効果のようにでるので驚いたけど、すぐに収まってセンターからみずみずしい歌声が聴けてほっとした。







 真空管と言うと音質がウォームでセピア的な評価をよく耳にするが、拙宅のプリアンプやフォノイコライザーでそのような音にはならない。このパワーアンプTU-8600Rは半導体とのハイブリッドのような構成なので、これも同様に世間の評価と違うだろうと思っていたけど、それを飛び越えて最新の高価な半導体アンプと変わらないのには驚いた。ハムノイズもマイクロフォニックノイズもホワイトノイズもしない。音の立ち上がりも早いし各楽器の音像も鮮明で艶やかで、LUXMANのソリッドアンプの方がよほどウォームな音質だと思う。また、拙宅のアキュフェーズE-470の方に近くて、超高音域が薄いガラスを指で弾いてキーーンという強く押したら割れてしまいそうな響き方が印象に残る。だからと言って線が細いわけでもなく低中音域では芯のある鳴り方をしてくれる。まだまだエージングが進んでいないけど時間が経つにつれ表現力は増すことだろう。
 今回はE-470から接続しているけれど、ChriskitMkⅥYMAHA A2000からも繋いでみたい。レコードはオペアンプLT1115でロイ・ブキャナンをかけてみたら、泣きのギターのチョーキング部分なんか絶妙で思わず聴き入ってしまう。リーズナブルなお値段で一流品を手にでき、評判以上に非常に優れたアンプだと思う。300Bのシングルで出力は9Wだけれども十分である。E-470でも大きな音で聴いて数ワット、試験的に爆音で聴いても瞬間的に針が振れるは18Wまでだ。だから、9Wもあれば十分なわけである。しかも、高音だけでなく低音もタイトな張り出しがあって大きなスピーカーでも問題ないように思える。そう考えると庶民の家で100W超のアンプが必要なのかは謎である。このエレキットTU-8600Rは、運よく最後の1台をサンバレーさんが発売してくれたのを購入できて本当に嬉しい。


 2ヵ月ほど過ぎて随分と馴染んできたように思える。カートリッジAT-33SA→トランスT-30→プリアンプChriskitMkⅥ→パワーアンプTU8600R→スピーカーLS3/5aで聴くと今まで聞いたことが無い音を奏でてくれる。随分とLS3/5aとは付き合ってきたけど、能力をつかっていなかったんだなぁと思う。ピアノやヴァイオリンのソロを聴くと堪らなく麗しく響き、特に弦の音がいい。夜更けに小音量で鳴らす300BLS3/5aの音は凛凛としてはっとすることがある。楽器が少なく生音の録音だと滑らかできめの細かい音楽を愉しめる。

プリアンプ クリスキット修理編 その1




Mullard真空管ECC83(ムラード12AX7)

 真空管のフォノイコライザーをMullardに替えてみた。マランツタイプとC22タイプの2種類があるので、どちらにつけてみようかと悩んだがC22タイプの方でJAZZを聴くことが多いのでそちらにした。こちらはChriskit MkⅥ Customという旧いプリアンプでMcIntosh C22を模した回路になっており、フォノイコライザー部は12AX7が3本の構成だ。その初段にまずは付けてみた。元の真空管は東芝のHiFiがついており、明るくてキレのいい音がしている。


 レコードに針を落として音出しをすると評判通りに腰が低くなり、全体的に落ち着いた感じになった。真空管が暖まると音色の艶が出てきてベースの弦をはじく音が心地よい。でも、初段につけるとあまりにも優しくて元気さが物足りない。東芝の音に慣れているのでペギー・リーの唄声までもが穏やかになるのは淋しい。どうしたものかと思案しているうちに、Chriskitの接続はTAPE Outとプリ出力の2系統でアキュフェーズE-470に繋がっている。そうであれば、フォノイコライザー部は東芝HiFiで固め、フラットアンプ部にMullardを付けてみればセレクターの切替で2種類の音が愉しめるのではないかと思い、フラットアンプ部の最終段に入れ替えた。フラットアンプ部の前2段は12AU7でテレフンケンがついている。Mullardに買えた時、スピーカーに近寄ってみると僅かにサーっと言うホワイトノイズが出ている。どうもマイクロフォニックノイズのようだ。東芝HiFiではしなかったので日本製はやっぱり良い。


 真空管の呼び名は同じものでも規格によって変わるのでややこしい。ヨーロッパ規格だと増幅度の高いプリ管(ミニチュア管とも呼ばれる)はECC83、アメリカ規格だと12AX7、ヨーロッパ軍用規格だとCV4004、これにECC803Sというローノイズ管もあり、こだわる方にとっては愉しみのようだ。そこへ持ってきてブランドや生産年によっても音質がことなるようなので手に負えない。テレフンケンやMullardなんかもニセ物があるようで、この管が本物であることを祈るばかりだが、音楽を聴いて愉しめればそれで良いのだ。

Chriskit MkⅥ Customのプリ部 クリスキット修理

 フォノイコライザー部のコンデンサを交換してクリスキットマークⅥcustomが活き返り、音を愉しく浴びているのに気を良くしてプリ部のコンデンサも交換することにした。エージングが進んだフォノイコライザー部の音はまろやかさと弾力性が富んできて、アートペッパーはサックスをご機嫌に吹き捲り、マークノップラーの指先で弾くギターの揺れやチョーキングされる音域の移り変わりが響いてくる。プリ部はテレフンケンのECC82を付けたままで効果を発揮していないのだから、コンデンサを替えればフォノイコライザー部と同様に良くなるだろう。真空管の写真の左から4、5番目が付け替えたテレフンケンのECC82だ。底面に一応ダイヤマークが付いている。それ以外は12AX7(ECC83)で東芝HiFi管のままで、透き通った乾いた感じの明るい音色が気に入っている。



 オイルコンデンサは適合する容量の物を買おうとしたら、SPRAGUE、WESTCAP、GUDEMANの3社になった。GUDEMANは軍用で使われていたメーカーのようでどれも’70~’80年代の生産品のようだ。まぁどれもMIL規格のハーメチックで見た目も似ている。信号基板はオイルコンデンサにしたのだけど、出力の手前にあるカップリングコンデンサに迷った。12AU7にテレフンケンを入れても音がゴチャッとしていて分離が悪い。フォノイコライザー部の場合はアキュフェーズE-470のプリ部を通るので音の分解度が高くなっているように思え、全部オイルコンデンサで良いのか分からない。そこで明快で艶のある音だと聞いているGOODALLのフィルムコンデンサを探したけれどなかったので、後継のTRW社の物を何とか入手できた。まぁコンデンサを単独で入れ替えて聞き比べるわけではないので、TRWの効果なのかどうかは分からないけど推定して組合わせを考えるのが楽しみなのだ。どうせ一音一音を聴き分けられるような耳を持っていないので、ひどく無ければ一人で悦に入って良しとする。TRWのフィルムコンデンサを手に取って驚いたのは、0.22μF400V と0.047μF400Vの大きさが同じなのだ。0.22μFの方が通常の大きさなので0.047μFが馬鹿でかいことになる。この二つは基板の上ではなく、側板の内側につけなければならず取付スペースに苦労した。あと、基板部分は外せないので電子部品の脚を繋ぐのだけど前回は非常に苦労したので、ピンソケットのメスコネクターを買い、カシメてから半田付けすることにした。これは非常に良いアイデアで役だった。但し、音質的な助けにはならないと思う。ハイカットやローカットのコンデンサーは使用しないので以前のままである。まぁしかし、空中配線のような半田付けで非常に見栄えが悪いし、振動でコンデンサが揺れると問題が出るのではないかと思うが壊しては元も子もない。あと、電源部のコンデンサ容量を間違えて少し大きめを買ってしまい取付をやめたけど今回は交換してみた。








 さて音出しなのだが、テスターでチェックしたのに今回も左側から音が出ない。前回のように真空管基板は触っていない。触ったのはプリ部なのだからそこばかり観てやり直したのだけど治らない。仕方が無いので入力から見直してみるとフォノ入力のRACコネクタからの配線はシールド線になっていて、シールドと信号線の半田部が際どいので配線をやり直したら治った。この部分は何も触っておらず、TAPE Outから聴いていた時でも音が出ないはずなのに不思議だ。気を取り直してレコードをかけてみると音がきちんと分離され、オーケストラの各楽器の音像が定位している。以前のゴチャッとした音は綺麗でさっぱりした音に変わった。しかも、E-470のプリ部の切替ボタンを押してもメーターが振れることは無くなった。やっぱり、コンデンサから漏れていたのだ。そして無入力時のノイズがほとんど無くなり、SN比が元に戻ったのが嬉しい。それでもメーカーのソリッドステートアンプと比べると僅かにノイズが載る。

 一月以上鳴らしてくると、音にニュアンスが出てきて聴いていて愉しく、テレフンケンの持ち味も良く出て輪郭も綺麗だ。そしてジャズやロックを聴いていると自然と身体が揺れるし、ポール・ロジャースの歌声が目の前にあるかのように響く。海外商品に匹敵する音だと言われた片鱗を垣間見ることができて非常に嬉しい。音の細かい粒立ちはE-470の方が良く見通しも良いけれど、グルーヴ感みたいなものはクリスキットマークⅥカスタムの方が伝わってくる。所謂ノリが良く音楽を聴いていることを想わせてくれる。パワーアンプはE-470のままだけど、プリアンプの違いが分かり各々の特徴がしっかり表現されている。今でも組付け方法を変更して、キットで出せば売れる商品だと思う。【ChriskitMk6custom manual】


ターンテーブル ビクターQL-Y7 修理

レコードの静電気対策に中里製静電気除去ブラシ

 レコードに静電気が起こり、手にするとバチバチと音がする。しかも、埃を吸い寄せて目に見えないチリが固まってスクラッチノイズを起こす。このスクラッチノイズを取るのに何回も中性洗剤で洗うことになり大変面倒だ。そもそも、レコードをかけ終わると帯電していることが多い、なぜ静電気が起こるのか、しかも偶になるのだから要因が定まらない。そこで、静電気を除去できないものかと調べてみたところ、同じ悩みを持つ方は多いようで多くのグッズが販売されている。値段の幅は数百円から数万円までと幅広い。ここは静電気を除去できる論理が明解なものを選んだ方がよさそうである。そこで目に留まったのが、日本蚕染色(株)が開発した繊維材料サンダーロンSS-Nである。サンダーロンは、アクリル繊維・ナイロン繊維に硫化銅を化学結合させた有機導電性繊維で導電の断面積が薄い(100ナノ)為、大量、少量の静電容量の除電に効果が大きく、安全なコロナ放電により静電気を素早く除去します。 コロナ放電はその帯電している物体の近くに、導電性をもった針のような刀状の先端を近づけることにより微弱な放電をして静電気を除去します。とのことである。導電性も優れており、この繊維を使ったブラシが中里製の静電気除去ブラシである。


 ブラシだからレコードについた埃やチリを払いのけられるので、レコードクリーナーの代わりにもなると思い、20%引きの税込み3,080円なので買ってみた。結果は、GOOD! 静電気はレコードを1-2回なぞるだけで取れる。密着の高い埃でも撥ねつけるようにブラッシングすると綺麗になる。レコードの表面が汚れていなければレコードクリーナーを使う必要はなく超便利だ。レコードを聴き終わってターンテーブルから取るとパチパチしている時もサラッとブラシをあてればあら不思議、あっと言う間に静電気が無くなっている。以前は、手のひらをつかって吸い寄せていたけど、なかなかパチパチがとれず面倒だった。それがあっという間に除電できて、レコード袋に入れられるのだから重宝この上ない。

 繊維の腰もしっかりしていて弾力も程よく、メタリック調な薄いグリーンがメカニカルな感じがして良い。柄を黒色にして角張ったデザインにすればもっと売れるだろうにと思う。


キャノンコネクタのケーブルを作ってみる

 オーディオでバランス接続と言えばキャノンコネクタでの接続になる。アース、コールド、ホットと3回線での接続で、シールケーブルのシールド被膜線とコールドが分離されるので、信号線にノイズがのることが無くなる。だから、ステージなど数十メートルもの距離を繋いでも良いわけである。家の中の数メートルでは効果を発揮することは稀と言われているが、接続する機器同士がバランス回路を持っていると音が違うらしい。残念なことに出力側でバランス回路を持っている機器はおろか、キャノンコネクタすらついていない古い機材しか持ち合わせていない。しいて言うならトーンアームはバランス回路になっているのにキャノンコネクタはついていない。では何故キャノンコネクタのケーブルを作ることになったかと言えば、プリメインアンプの入力をフルに使おうと思うとバランス入力しか空いていないからだ。アキュフェーズE-470はTAPE入力がセレクターには無くて、隠し扉を開けてボタンを押すタイプになっているのだが、切替を忘れて翌日に電源を入れて音楽を聴こうとすると音が出ない。結構焦るのである、なのでセレクターでTAPEの音も聴くためには入力を空ける必要があるのだ。それにCDの音色を変えたい思惑もあるので作ることにした。


 出力がアンバランスで入力がバランスになるので回路上の恩恵はない。フォノイコライザーとCDデッキからの2系統をバランス入力にすれば、全ての接続をセレクターで選択可能となる。機材はノイトリックのオスプラグNC3MXXとRCAオスコネクタのリアン(ノイトリックの安価ブランド)、ケーブルはベルデン88760を購入した。88760の音の凄さは既に体験済みなので期待しているが、製作にあたりケーブルが固くて半田付けするのに向きを変えづらいのが難点だ。半田は前回購入したWonder Solder Signatureの無鉛タイプを使う。Kester’44’の銀入りタイプが売切れのままなのがちょっと残念。
 製作時の注意点はピンの番数が規格によって違うことだ。1番ピンはアース、2番ピンがホットの場合はヨーロッパ規格、コールドの場合はアメリカ規格ということらしいが、アキュフェーズはアメリカ規格で1番:アース、2番:コールド、3番:ホットなので間違えないように気を付けることだ。もっとも2番と3番が逆になってもボタンで切替ができるようになっているので安心なのだ。RCAコネクタから半田付けする。ホット側に半田鏝を強く長く当てすぎると中心の棒を支えている樹脂が熱で変形するので注意するが、なぜか1本だけ偏心してしまいメスコネクタへ射すときに固い。いつものようにシールド線は外側にめくり、コネクタのカシメ部分で巻き付ける。こうすれば、コールド線の方がメスコネクタに近い分だけシールド側に信号が流れず良いだろうと気休めに思っている。次にキャノンコネクタを半田付けするのだが、ベルデンの88760は固く、輸送時に丸めてくるから癖が付いていて向きが合わせにくい。しかもメスコネクタがないので固定ができない。洗濯ばさみと重しを使って固定しながら作業したけど、不慣れでケーブルの癖による向きの悪さもあってピンを保持している樹脂ケースを少し溶かしてしまった。このために金属製のケースカバーをネジ込もうとしたら、ちっともネジが噛まない。ちょっとヤスリで溶けた部分を削ったら、すんなりと嵌った。先にキャノン側を半田付けした方が楽なようだ。

 テスターで通電チェックしてOKなので、まずはLHH300のCDデッキから接続してみる。BELDEN88760が固いのでラックに収まっているCDデッキはRCAコネクタからラック背面までの距離が短くケーブルが曲がらない。そこで、ホルソーを使ってラック背面のべニア板に穴を空け、真っすぐ後ろにケーブルを引き出せるようにした。アキュフェーズのCDバランスに嵌めるとカチッといい音がして、しっかりと接続できた。キャノンコネクタはこの感触がとっても良く気持ちいい。アンジェラ・ゲオルギューの椿姫をセットする。とてもデビューとは思えない彼女のソプラノが高らかに響き細やかにヴィブラートの襞が波打ち、伴奏もクッキリと浮かんでいる。フランク・ロバードのテノールなんか明らかに輝きがでているし、CDのカッタルさが影を潜め、潤いができて艶が張っているように聴こえる。次に、オールマンブラザース・バンドのフィルモアライブを聴く。のっけから、デュアン・オールマンのボトルネックギターのエフェクターがこんなに唸るなんて知らなかったし、バスドラムのハッとするようなタイトでガツンとくる響きにベースがより低く響いてきて、ライブのグルーヴ感が会場を包んでゆく。ライン・トランスでも買おうかと思ったけど、先にBELDEN88760を試してみて良かったなーとほっとする。



LHH300のCD読み込み不良

 PhilipsのCDデッキであるLHH300でCDローディング時にCDを認識しないエラーと言えば、角ベルトのゴムが経年劣化で分解してしまうのが通常なんですが、半年前に替えたばかりで起こるなんて嫌な予感がする。最悪はピックアップの交換になるのだが、とても部品があるように思えない。何回かリトライするとCDを認識して演奏が始まった。でも、しばらくすると音飛びが発生し、ビシ、ビシって言うなんとも悲し気な音が出た。慌てて止める。
 うーん、トレースできていない。でも変だ、サーボが狂って溝がわからないならエラーで止まるように思う。ということはデジタルビットが読めていない。カメラにゴミでも付いただけならいいのだけどと思いつつ再度掛けてみる。ちゃんと音楽が鳴っている。でも、違う日に同じ症状が出てしまった。次の休みに開けて中を見てみよう思う。


 もし、ピックアップがダメなら遂に買い直すか、CDデッキをあきらめるかと思いながら、新しいCDデッキを物色してみる。世の中はPCによるハイレゾになっているし、持っているCDは少ないから迷うことが多すぎる。でも、新しいCDデッキはDAコンバータの回路が進んでいて、PCとの接続も容易になっている。
 いいなと思った機種の一つは、PioneerのPD70AE。YouTubeで音を試聴してみる。安価なCDデッキでも良い音がしていて違いが分かりづらいけど、デッサンの構図がしっかりしていてクリアで硬質な細い線を重ねたスケッチのようにみえる。高音も綺麗に伸びていてYAMAHAの音を連想する。好きな音なんだけど、なんか弾まないところが気になる。
 次は、DenonのDCD-SX11を検索して聴いてみる。響きのあるいい音だ。パイオニアよりデッサンの構図がぼやけるように思えるけど、色合いのある情景がみえる。女性ボーカルの艶が気持ちよく聞こえるのだけど、なんとなくエコーが掛かっているような気がしてしまう。
 最後にAccuphaseのPD-430を聴いてみた。これは、SA-CDが読めないし、データディスクも読めず、CD専用機なのである。それでこの価格なのは高いと思う。でも、音は素晴らしい。デッサンの構図もしっかりしているし、音の粒がきらきらする。女性ボーカルには程よく艶があり音も響くように思える。ソースの問題なのだろうか、高音に棘があるように聴こえる時がある。やっぱり進歩していることに感心してしまう。



 さてさて休日になったので、CDデッキをラックから取り出す。ついでにラックの裏のべニア板にホルソーで30φの穴を開けようと思う。奥行きがきつくてRCAケーブルをCDデッキに差し込むと根元で90度に折れてしまうのだ。穴を開けてストレートにつなげるようにするのとケーブルをPhilips純正に戻そうと思う。そのためには、カセットデッキも外してラック内を空にした。CDデッキが重いせいか腰が痛くなった。(約1kg)CDデッキのサイドパネルを外す。こいつが鋳物製で各々2kgはありそうで、バラストで振動対策でもしているのだろうか。サイドを外して後面のビス2本を外すと天板を開けられる。
 まずは電源を入れてトレーを開け閉めしてみる問題なく動作している。角ベルトのテンションを綿棒でつついてみても問題はなさそう。ついでに呉のラバープロテクタントを綿棒につけてベルトを拭く。次はピックアップだけど、レンズは綺麗なものだ。乾いている綿棒でサラッと拭いておく。ピックアップは軽くスライドするようで、機構的には問題なさそう。
 CDをアームで抑え込むのだけど、その押さえ板が芯にあわせて動くようになっているけど、なんかベトベトしているので綿棒で綺麗に拭き取る。スピンドル部分も埃がついているので、こちらも綿棒で掃除する。
 その時に気づいたのが、ピックアップ部分が切り欠いてある薄いプラスチック製の円盤がスピンドル周りに残っていて、自由に動いてしまいピックアップに当りもするのだ。こんな不安定なセットは無いように思うので、トレイ側を見てみると、小さな穴が二つ開いている。プラスチックの円盤を見てみると、嵌りそうな個所に突起が出ている。合わせてみるとピッタリ嵌りこむし、淵の部分に接着剤の跡が残っている。きっとトレーから外れて、CDを押さえる時にプラスチック製の円盤が動いて悪さをするのだと思える。
 トレーに駆り付けして動かしてみると問題なく動作する。トレーが金属製で円盤がプラスチック製なので接着剤が経年変化で取れてしまったようだ。多用途の接着剤で取り付けてしばらく手で押さえる。それから数時間放置して乾くのを待った。CDを入れて試運転、CDを取り替えて出し入れしても問題なく認識するので、CDデッキをセットして音楽を聴いてみる。音飛びもなく良好なサウンドである。古い機材だけど、CDが少ないのでこのまま頑張ってもらおうと思う。そのうちにオペアンプを交換してみたいと思う。


クリスキットMkⅥカスタムを整備する

 桝谷英哉氏が作られた真空管プリアンプのキット品を手に入れることができた。1975年ごろに販売されたので既に40年以上経過しているが、当時キット品で海外の輸入品に匹敵する音だと言われた。そして、クリスキットではこれが最後の真空管アンプで、この後のシリーズはトランジスタに変わってしまった。この型式の前がMkⅥで違いは、トーンコントロールが省かれていることだ。そしてこの機体は何故か全面パネルの印刷が少し違う。多くの機体は右端にChriskitの名前があり、ツマミの周りを黒いラインで囲ってあるのだが、この機体は左端下にChriskitCustomの名があり、ツマミ周りを囲う線もなく、MkⅥのデザインとほぼ同じなのだ。そういう意味では貴重品ということになる。フォノイコライザー部分はマッキントッシュの名機C22と同じ回路だそうで、これを聴きたかった。構成は、フォノイコライザー部 真空管 東芝HiFi 12AX7*3本、プリアンプ部 真空管 東芝HiFi 12AU7*2本 12AX7*1本となっている。購入した機材は当時組立てられたままのもので下記の写真の通りです。








 まずは音を出してみると経年変化のせいか、輪郭がぼやっとしており、音がごちゃっと中央に集まっていて音像が固まっているように聞こえた。製作された当時のままでメンテも改造もされておらず、アキュフェーズのE-470のパワーアンプ部に接続して、プリの切替ボタンを押すとE-470のメーターが振りきれて保護リレーが働きエラーで止まってしまい動揺した。TAPE Outからの出力では何の問題もないのだが、切替時になんか電流が漏れてノイズが出ているようだ。幸いにもE-470の電源を入れ直したら問題なく動作した。どうもコンデンサの容量漏れだと思うので取替が必要と思われる。TAPE Outからフォノイコライザーだけを使う分にはそこそこの音が出ているので、まずはこれで様子を見ることにする。E-470のプリ部が優秀なのだろうか、音場も拡がって聴こえている。クリスキットMkⅥのプリ部の12AU7*2本をテレフンケンに替えてみる。多少輪郭が鮮明になったけど名機と詠われた音ではない。この機材のためにテレフンケンまで買ってしまった。いよいよあぶない、深みに嵌ってはいけない。


 まずはフォノイコライザーと電源部分のコンデンサを替えてみることにする。上記の部品リストにはプリ部も記載してあるが、ここは結果を聴いてから取組むことにした。オイルコンデンサはSpragueやWestCap社製のものを何とか入手できた。あわせて電源部の電解コンデンサも買えたので、いよいよ取替するのだけど基板を外すには配線の半田付けを外さなければいけないのだが、あまり元に戻す自信がないので電源部以外は部品の脚を残して繫ぐことにした。音質的には良くないのだろうけど元に戻らないよりはマシだと思う。しかし、部品が古かったせいか脚をつなぐ半田が載らず苦労した。これなら、写真を撮って配線を外した方が良かったのかもしれない。なんとかコンデンサの交換を終えて導通と電圧をチェックして音出しをすると左側だけ音が出ない。テスターで何回チェックしても問題個所が判らない。真空管の基板を外した時にカラーが入っていて、LとRが同じビスで友締めになっている。これを戻した時にL側のカラーにビスが通っていないまま締めたみたいで、なんと短絡していた。今だったら樹脂製のガイドを差し込んで基板を止めるのだろうけど、40年前のキット品だから思わぬところで嵌りこんでしまった。それでも、音が両チャンネルから出た時はとっても嬉しかった。電解コンデンサーを30個交換するに1日かかり、カラーのトラブル対応に1日かかった。ヒーター部のコンデンサーの容量を間違えて買ってしまい、交換しても良さそうに思うけど何かあった時に疑う部分を少なくしたかったから今回はパスした。






 本当にしっかりした音になり、艶と潤いが出て明るく饒舌な感じが出ている。TAPE OutからE-470で聴くと切れ味が出て楽しく、しばらくはフォノイコライザーとして使うことにした。オペアンプの音と比べると立ち上がり部分が若干丸いかなと思えるぐらいでさして違わない。違いを感じるのは無音時の静音性なのだけど、気になることは無い。いずれにしても苦労した甲斐があった。最近の機材は集積回路が多いからとても手が出ない。なにせシルクスクリーン印刷でボンド塗布してリフロー炉で半田付けだし、部品が小さく手で半田付けしたらブリッジ確実に思える。そう考えるとこの時代の機材はなんとか手が入るので、これも楽しみの一つで嵌る気持ちが分る。【ChriskitMk6custom manual】

クリスキットMk6 プリ部修理