しばらくするとまた引越しの荷物が届いた。上の階の友人の隣の部屋にそそくさと運んでもらった。原木から切り出した見るからに高そうな机と人間工学的にデザインされた現代的な椅子がミスマッチしながら並んでいる。若者としたら未分不相応な代物のように思えるし、幼馴染のあいつが机に向かって座しているなんて姿は想像するだけで鬼が笑い転げて涙を流して帰っていきそうだ。一体誰にもらったのだろうか、本人が買うとも思えないが衝動買いをしそうな気がしないでもない。
主人の居ない部屋の空気がむさくるしくなりそうな頃にドアのチャイムが鳴った。モニターに映っているのはちゃらけた幼馴染だ。ドアを開けてやると、
「よー元気そうでひっさしぶり。」と聞き飽きた声のトーンが耳を占有する。
「あー、お前もな。ちょうどいい、同居人が実はもう一人いるから紹介するわ。」と僕の大学時代の友人を紹介する。
「うーっす、こいつの幼馴染っす、よろしく。」と幼馴染が変な自己紹介をすると、
「いえいえこちらこそ、以前に数回飲みましたね。覚えていらっしゃいますか?」と友人が馬鹿丁寧なあいさつをしている。
「あー覚えてるよ、飲んでる最中に他の大学の連中と盛り上がっちゃって飲みすぎて、川のほとりで一緒に朝までくたばってた人でしょ。」と幼馴染が言いだすと、
「そうそう、あの後が大変で朝に目を覚ましても頭が痛くて、ふらふらになりながら下宿にかえったよ。」と笑いながら友人が応えている。
「うーん、いい部屋に住んでんじゃねーか。ふーん、テレビがなさげなリビングがいいねー。おー相変わらずオーディオが場所を占めてんな。いい音楽といい空気といい仲間があれば良い人生だ。」と褒めてんのか貶してんのか分からないコメントを幼馴染が吐きながらリビングを物色している。
「なにがいい人生だ。いっつもお前が俺の部屋に来て散らかして帰ってただけだろう。」と幼馴染のお世辞を蹴散らかす。
「折角だから、レコードでもかけようぜ。えーと、えーと、うんそうだな、これにしよう。」と幼馴染が手にしたレコードは思いがけなくドボルザークの新世界よりなのだ。
「しかし、お前がクラシックを聴くなんて成長したね。幼馴染が交響曲を掛けるとは思わなんだ。世の中は知っているようで存外相手の事を知らないもんだね。」と感嘆しながら僕が批評する。
「でもよーTVないと不便じゃねぇ?」と幼馴染が言うと意外にも友人が、
「無くても何ら支障はない。最近のメディアはレベルが低いですし、女子アナなんか常用漢字すら読めないのがいるんだから、却ってTV見る方が悪影響あるんじゃないかと思うよ。自分たちのレベルの方が高いなんて変に自信過剰になるように思う。」
「まぁ確かにTVなくてもスマホがあれば実情はわかるしな。」と幼馴染もやけにしおらしく相槌を返している。そこで僕が、日経新聞はとってるからって言ったら、二人からチラシがなくても大丈夫か?だって。僕を主夫にしようとしている魂胆で即座に二人で息が合うなんて末恐ろしい。どう見ても不利なような気がする。僕は絶対にこいつらの日常に惑わされないぞと密かに誓う。