冒頭に気胸で針を脇の下に入れられる描写があるけど、あまりにリアルなタッチなものだから、自分の脇に管を入れられた事を思い出してぞっと背筋が凍るし、話が進むにつれて筋肉質のように無駄のない文体が理知的で細くて長い鋼鉄の針が奥底にある心という部位をチクチクと刺すのである。
話は太平洋戦争時でB29による空爆をされているころから終戦が近い時期だと思う。生体実験の首謀者ではなく、補助として関わった者の生い立ちを含めて小説の構成がされており、当時の雰囲気は見事に展開されていると思う。
話は太平洋戦争時でB29による空爆をされているころから終戦が近い時期だと思う。生体実験の首謀者ではなく、補助として関わった者の生い立ちを含めて小説の構成がされており、当時の雰囲気は見事に展開されていると思う。
なぜ、海と毒薬という題名なのかは分からないけど、戦争という毒が世間という海を浸しているときに倫理とは何かを突き付ける。空爆で多くの人が亡くなり、何もかもが土に帰る時の中で医学生の勝呂はなんとはなしに生体解剖の補助を引き受けてしまう。
その時の描写は、カミュの異邦人で主人公のムルソーが「太陽が眩しかったから」を思い出してしまう。もう一人の医学生である戸田の中には、良心の呵責に悩まない自身への違和感があり、それはいつの時代でも事件として引き起っている。
どこかで引き返せる時はあったのだ、どんなに川に流されようが、いけないと思った時は川辺でやり過ごすことができるように成りたいものだ。戦後75年が経ち、違和感の多い話ではあるが、ゲームで生き返ることのできる空間の多いことに慣れてしまうと、このような生々しい小説も読まれて欲しいと思う。