ビル・エヴァンスを聴く

Waltz for Debby
 日本のジャズファンが選ぶアルバム1位に輝くレコードなので超有名なんですが、このレコードはリマスターしたものらしく話題に上る地下鉄の音が聴こえません。1961年の録音でベースを弾いているスコット・ラファロがこの演奏の11日後に交通事故で亡くなってしまうのを知っているとより聴き入ってしまいます。
 ベースを弾くときやネックを押さえる音なんかもジャズなんだと教えてくれるのだけど、時々カシッカシッっていう音がなかなか上手く再生できず、いろいろなカートリッジやアームを買うことになった。演奏曲は何を聴いてもひたすら聴き入ることができる。
 バーボンの方が似合うのかも知れないけどスコッチ派だから氷も入れずにそのまんま呑んでジャズに浸っていれば良いレコードだと思う。1959年のKind of Blueに収められたタッチがより色濃く研ぎ澄まされているのに穏やかにさせてくれる。

 こんな演奏を聴きながら談笑する声が日常にジャズがあることを彷彿とさせてくれるし、楽しそうな女性の笑い声の方はレコードに閉ざされた自分の声を聴いて懐かしんでいるように思える。ナイフが皿に当たる音やグラスを片付ているのか薄いガラスが跳ねる音もまたジャズになってしまう。本当に贅沢な時間が羨ましい。


Moon Beams
 ベーシストのスコット・ラファロが交通事故で亡くなり、しばらくの間演奏活動を止めていたが、チャック・イスラエルがトリオに参加して1962年にレコーディングされたのがMoon Beamsである。直訳すれば月の光線なのだから月光となるわけで、タイトル通り物静かでメランコリックでセンチメンタルな曲ばかりである。

 Moon Beamsというと満月のようだけど、アルバムの雰囲気は三日月のようにほの暗さの中に光る道を歩むがのごとく心静かである。落ち着いたしっとりしたジャズを聴きたければこのレコードを掛ければ良い。こんなに優しく愁いに富んだピアノを弾かれたら、少しだけ酒を控えて日常の中で怒りっぽくなった自分を諫め、穏やかに精進して歩んでゆこうと思える。


At The Montreux Jazz Festival
 レコード盤の淵が反っていて、ザッザッと不快な低音のノイズが入るせいもあってか、あまり好感の持てないLPになっている。なんだか、ジャズを聴いているというよりはピアノ演奏会を聴いているような雰囲気に思えてしまうのが、気分の載らない要因のようである。


そんな先入観で聴くものだから、エヴァンスのピアノの旋律は孤高で綺麗なのだけど、どことなく淡々とした乾いた冷たさがあってしっくりこないように思う。Waltz for DebbyやMoon Beamsに感じるウェットで優しさの隠れた音を感じることができないのは時の移り変わりのせいなのでしょうか。また、エディ・ゴメスのベースもどことなく余所行きのように聴こえるし、ドラムとのグルーヴ感のようなものもなく三者三様でお互いに距離感のあるように思えてしまう。



Affinity
 1979年のアルバムだから51歳で亡くなる1年前ということになる。このころはヤク中になっていて私生活も荒廃していたと聞くが、アルバムからは想像できない。トゥーツ・シールマンスの吹くハーモニカがとても印象的でエヴァンスのピアノが寄り添っているかのように聴こえてくる。即興的に翔んでしまうような危うさは微塵もなく、シールマンスの方がジャージーなように感じてしまうのだけど、エヴァンスのピアノのタッチがとても逢っていて音を紡いで繋いでいるように聴こえてくる。

 ハーモニカがこんなにジャズになるなんて思ってもみなかったし、アルバムをカバーしている薄暗い藍地に銀色の旋律の絵はまさにそのものだと思える。レコードの針が上がるとしばらくぼぅーっとしてやおら立ち上がりながら、なぜ哀愁に浸っているのかわからないことに気づいて我にかえる。