転落・追放と王国を読んでみた  アルベール・カミュ 著 佐藤朔・窪田啓作 訳

 昔日な思いのある本を改めて読んでみました。カミュという作家は好きで人が生きる狭間の中でふと陥るアンニュイな空間とそこにある思考に知らず知らず引き寄せられる。でもペストだけはリアリティが強いと思います。


 転落はパリで有能な弁護士を務めたものがアムステルダムへ移り住み、行きつけのバーで出会った同胞(弁護士)に人生を語る話。相手はあるけれど何も話さず、ひたすら主人公に読者が問われる形態になっている。原題はLa chute、転落、低下、没落、堕落の意味のようだけど、グーグル翻訳は秋とでる。橋ですれ違った女性が川へ落ちる話や弁護士で活躍した名声から抜け落ちた境遇から転落なのだろうけど、話の内容を罪悪のように思え堕罪の感が強いので堕落でも良いように思える。

 追放と王国は6篇の短編集です。砂漠の国なのに冬で気温が低いのがアンニュイな夫婦ながら想う気持ちをそこはかなく描かれた『不貞』から始り、霊魂を呼び戻す踊りの中に酩酊しコックは大きな石を運ぶ『生い出ずる石』で終わる。どの作品も濃縮された苦味があり、新しく移り変わってゆく中に生があるようです。

 若いころは憤怒と正義がごちゃまぜになったように押し寄せてきて、しっかりと立つ地が確かなのか疑心暗鬼に駆られていた。そして還暦を過ぎて読むとその通りであり、だからといってこれだという画一的なことはなく、畳の眼ほどに漸次静かに歩むと思える。