遅咲きの男を読んでみた  莫言 著  吉田富夫 訳

  21年6月に発刊された12編の短編集。とは言うものの中編に近い物語もあって、500頁近くもあります。主にエッセイ風ガリバー旅行記という印象を受け、要するに作家本人を出汁にして体制問題や汚染問題を画いてます。

 でも文体は非常に上手で構成も良く展開も心得ているから、ガリバー旅行記と同様に物語として十分に面白く、農家や鍛冶屋の描写は映画のように見えて驚きます。なんだかディケンズとデュマがいるようで、ハラハラドキドキした連続ドラマや涙ぼろぼろの人情ものなんかを描いたら釘付けになりそうで、代々幾千年も読み継がれることだろう。


 読んでると自分が生まれた年のことが書いてあって、自分も随分と貧乏だったけど、描かれた生活と比べたら日本は幸福だったように思えます。実際に自分は貧乏だと思ったことはなく、昼にカブラナと味噌汁だけでも白いご飯はあった。自分家が貧乏だったと知ったのは青年になるころだけど、なにかに不自由した覚えはなく、自転車も買ってもらえた。それに本にも書かれているように親の心が包んでくれていた。日本は急激な復興で金銭的に豊かになったけど、あの当時の暖かい匂いはなくなり、本を読んでその匂いを思い出した。

 そのせいか自分の仕合わせは安普請にできていて、銀座コージーのシュークリームを特価でかってきて、ぱくっと頬張るとクリームがぱぁっと充満して

仕合わせでいっぱい。チョウザメのキャビアや北京ダックは美味だけど

それっきりで何もこない。

などと溜息をついたら、落語にある『目黒のさんま』を思い出して笑ってしまった。