私をは離さないでを読んでみた  カズオ・イシグロ 著 土屋正雄 訳

 日の名残りとは随分と離れた本だけど、日の名残で哀愁を帯びた筆致が共に生きた三人の情感に宿り、稀有な世界を照らす。


 とてもいろんな解釈のできる本だなぁと思うのだけど、1990年台のイギリスを舞台に今だに実用化されていない技術の中で造られた人生を歩む。倫理的なことにはほとんど触れていないけど、読み終わるとそこだけが苦く身体に染み渡る。
 実体的にはいろいろな意味で疑問の沸く物語りなのだけど、親のない共同生活のなかで育まれ、いずれ代用として使命を終える環境の中で触れ合う三人の人生の襞を微に入り細に入り、感情の揺れ動きを描き出す。そんなに気にかけてていたらとても持ち堪えられそうにないように思うのだけど…
 ヘールシャムという思春期を共同生活する教育環境が何故特殊なのか?そこに纏わる人生に関わる希望の噂とは何なのか?
 題名の私を離さないでは曲名でカセットテープで聴く、そして音楽を聴きながら踊る姿に想う少女とマダムの感傷は違うものだけど、赤ちゃんと無慈悲な時代は妙に繋がってしまう。
 本としては日の名残りを読んでいる方が愉しいけれど、いずれもシミのように刻まれる。