五月その他の短編  アリ・スミス 著 岸本佐知子 訳

  1962年生まれのスコットランドの作家が書いた12編からなる短編集を読んでみた。表紙の女性は物憂いな表情に見え、それはこの短編集にふさわしい。


 表題が五月とあるけれど、原文は『全体の話とその他の話』になっている。五月はこの本に含まれた一つの物語りだけど全体をあらわしているわけでもないようだ。ひとつひとつが本になって全体になり1年なのかもしれない。

 スコットランドは寒く曇天の日が多いようなイメージがあり、この本もまた似たようなイメージを受ける。からっと晴れた日本に五月晴れは観られない。
 わたしとあなたで展開され、そしてあなたがわたしになり、わたしがあなたになる。どちらが男性で女性なのかもわからないし、ふたりとも女性だったり男性だったりするかもしれない。なんとも不思議な空間がある。

 12編を読んで不思議なことに作品のストーリーを個々には思い出せない。でも、ひんやりと冷えて湿った思い空気が沈んでいて、読むにつれてその空気を分けながら進んでいる雰囲気だけが残っている。でも、進んでいないのかもしれない、電車がホームに滑り込み止まったはずなのに反対の電車が動き出すとき、なぜが乗っている自分の電車が動いている錯覚に似ている。