樹木の恵みと人間の歴史 ウィリアム・ブライアント・ローガン著 屋代通子訳

  作者は米国の木の育成管理者なのだけど林業ではなく、都市の樹木や郊外の森の伐採や育成を依頼されて身を立てている。木の伐り方によって萌芽更新を発揚させる手法を学び始め、木と人との係わりについても歴史から教わったこと記載した本です。


 裏表紙の内側に著者の写真があり、いかにも野原や森でうろついている浮遊者のような雰囲気と書かれている知的な文章とのギャップがとても印象的で、教養の深さに驚かされます。

 台伐りと書いてだいきりと読むのですが、台切りではないとことを知りました。確かに伐採であって切り倒すわけではないのです。庭にあるはなみずきを台伐りしてもらった翌年の春には芽が吹いて2年もしたら随分と大きくなりました。これが萌芽更新なのですね、最初はどうなるかと思ったのですが、心配をよそにスクスクと伸びてゆきます。

 本の中に風などで木が倒れても、その木から芽が幾本も吹いて垂直に伸びる写真があり、生命力の高さに驚かされます。そして石器時代の数万年前から人は木と共に生き、定期的な伐採による管理がされていたのにも驚き、伐採されることで大地に陽が注ぎ多様な植物や生物が生きることになるようです。それこそ共存なのでしょう。

 子供のころに焼き畑農法は古くて生産性が悪く、山火事につながるので止めるキャンペーンを見て、そういうものだとずっと思っていました。ところが実際には違って、萌芽更新を活性化させる手段で大昔の人は既に焼く範囲を管理できていて、低木や草だけが燃えて高い木は残していたそうです。これは低木が高い木に届く前に定期的に焼けば高い木の幹は燃えないようです。なるほど知らなかった。

 考えてみれば、生木を燃やすとちっとも火が回らないので乾燥した木を薪にしています。大地に栄えた太い幹ならば水分が通っていて表面が焦げるだけのようです。野焼きが無くなって低木が大きくなるので、最近の山火事はひどくなりやすいようで、野焼きを復活させているところもあるそうです。

 日本のことにも触れられていて、名字がどのように付けられたかも教えてもらいましたし、日本の神様のことも書かれています。八百万神(やおろずのかみ)は神羅万象どこでも何にでも神は宿ることは教えられて育ったので、実体のないものだと思っていたのですが、著者は言いえて妙な回答をしてくれて思わず納得してしまいました。

 生垣の作り方をイングランドで学ばれるのですが、その生垣は何百年も生き続けるので、鉄のフェンスより維持管理費が少なく済むようです。現代文明の効率はきっと人生50年の中で計算されているように思いました。