『やっと訪れた春に』を読んでみた   青山文平 著

  江戸中期における時代劇かと思いきや、現代風の推理小説に入るのではないかと思う。文章はシンプルな中に薫る空気感を漂わすことのできる好文で愉しく軽やかです。



 藩の歴史が複雑で近習目付け役も二人存在し、長年にわたって相談して肝照らす仲であることが事件の綾に染まってゆくにつれ、物語に惹きこまれる構成は良く練られていてピエール・ルメートルを少しばかり想うことが嬉しい。

 古き時代を背景にしているが、考え方や上下の中の言葉遣いは現代そのものであり、それを思うと事件の動機なるものについては少しばかり寂しく、僅かな大胆さが入り込むとルメートルを彷彿とすることになると思える。

 アガサ・クリスティー賞なる推理小説を対象にした賞があるけれど、こちらの方が受賞に相応しい本だと思える。売るための賞なのかも知れないけれど、侍の矜持を忘れた賞を頂くことは不条理なのかもしれない。

 最近、日本の本を読んで文章が上手く知的であることを感ずるのはいずれも時代劇なのは何故なのだろうか、こういう文体の方はシャギー・ベインのような物語を書いても情感がにじみ出るのではないかと思う。