フィリップ・マーロウ、言わずと知れたハードボイルドを産んだ探偵。昔にチャンドラーの名作と謳われた長編を読んでいるのですが、文章が短絡的で粗かったためにずっと読まずに 過ごしてきた。でも、村上春樹という名が記載されているのを見つけ本を手にとった。
これが実に良い作品で前回の印象は何だったのだろうかと自分を疑ってしまう。古い事件と新しい事件の繋がりは、日本の小説にもよく出てくる構成で徐々におぼろげな残像がクリアになってゆき織り重なっている。なぜこちらの方が名作と呼ばれないのか不思議である。
文章の表現も実に巧みで知的なニュアンスが拡がり、しかもハードボイルドな薫風が漂うのには驚いた。ハードボイルドはハードアクションではないのだ。出てくる役者はみな細かく描写され、その時の心理が所作に描かれており、まさに映像が浮かび上がる。
推理小説としても優れているけれど、どの登場人物も生き様が見事に描かれた心理小説だと思える。エレベーターの爺さんなんてハードボイルドそのものだ。ナイトクラブの経営者の行動と交錯する想いもぴったりな性格だ。そしてマーロウは優しい。そうそんな風に生きみたい、そう想うことがハードボイルドの源泉なのだろう。