かくしてモスクワの夜はつくられれ、ジャズはトルコにもたされた   ウラジミール・アレクサンドロフ  竹田円訳

  表題のジャズに釣られて読んでしまった。ジャズそのものへの言及はないので、いささか拍子抜けではるけれど時代の大きなうねりを肌に感じられる歴史書だと思う。主人公であるフレデリック・トーマスは実在の人のようで史実にもとづいてあるようだけど、フィクションだったらこれまた凄いものだと思う。文章は優れた報告書を読んでいる文体なので読む易いと思う。文学的な香りを求める方には物足りないけど、生活の中から観た20世紀初頭の国の変わりようを歴史書として観れば優れた本だと思う。



 フレデリックは米国生まれの黒人でヨーロッパを彷徨い、モスクワで一旗揚げるがロシア帝国の泡沫に飲み込まれそうになり、イスタンブールでやり直す。ほとんど一文無しから豪奢なナイトクラブを二度経営するのだから破天荒な人生である。米国は黒人奴隷解放となるものの人種差別に苦しめるのに、欧州では黒人に対する偏見は無く、特にロシアでは珍しがられることに世の中の広さを感じる。でも姿を変えて差別はどの世にも存在し、階級もしかることながらロシアでの人種差別はユダヤ人への偏見であることに気づく。

 時代の荒々しさの中で人の普遍的な部分を嗅ぎ取って生き抜くさまは痛快でもあるけれど、ジャズには感嘆しなかったように思える。