パイの物語を読んでみた  ヤン・マーテル 著  唐沢 則幸 訳

  トラと太平洋を漂流した物語。襲われずに生活したのだから、動物との共生の涙する物語かと思いきや、人の生きる根源の匂いがただようような気のする本です。でも沈没した船がツシマ丸という日本の貨物船っていうのがどうにも釈然としない。

 しかも、トーキョーをさかしまにしてみれば、動物が土砂降りに降ってくると書いてあり、こともあろうにオオカミまで入ってる。確かにとんでもないペットが逃げ出して大騒ぎしているし、下水道にはアナコンダや希少動物が居ると言われている。そうやっぱり野生動物なんだと本は教えてくれる。


パイというのは主人公のあだ名、いわゆる円周率でその名になったいきさつもまた人の社会を映している。割り切れないのは名前だけでなく人生もまた同じなのでしょう。

 本は3部構成になっていて、第1部の純粋な疑問と行動が第2部で昇華されていくように思え、第3部は無い方がいいのではと思ってしまう。

 トラの名はリチャード・パーカー、どこかで聴いた名前だけど思い出せない。チャーリー・パーカーはトランぺッターだしなんて連想しながらググったら、19世紀に英国で起きた漂流時における人肉事件のコックの名だった。彼は乾きに耐えられず海水を飲んでしまった。

 実に軽妙でコミカルな文体のタッチで描かれているけど、その向こうにボンヤリと重くあるものがあり、それがアンカーのように正しい向きに向かせてくれる。そんな文を描く作家は面白い。