リンカーンとさまよえる霊魂たちを読んでみた ジョン・ソンダーズ 著 上岡信雄 訳

 とても不思議な本である。物語らしきストーリーがないと言えばないし、容姿に関する描写は極めて少ないし、セクションの構成も不思議だし、そもそも現世であるかのような話だと思いながら、100ページを過ぎたころに三途の川を渡っていないんだと理解する。

 冒頭に梁が落ちてきたとは書いてあるけど、どのような世界観なのかわからなかった。そして、霊魂たちが話をつなぐけど別段に何かあるわけでもない。
そんな状態で100ページまで読めたのはひとえに文体が上手だからだと思う。
どのように設定されているか構成がわからないとやっかいな本になり面倒なのだけど、複雑ではなく単純な話だけど100ページまでいかないと判然としないのは拙者だけなのだろうか。


 霊魂たちが話しているのは日常の些細な風景が多くて、世の中を淡々と描写しているようにもあるし、孤独や暴力や非難や激情の描写もあるし、世の様々なことが霊魂たちが通り抜けるように過ぎ去るように思います。
いろいろな悲しみや想い残しがあり、現世をあらわしているようでもあります。

 随分と長いページを読むのですが、リンカーンが愛息を埋葬し、別れを告げる時間しか過ぎていないのです。読むにつれてわかりやすくなり、話も収束していくのですが、それにつれてリンカーンの悲しみの深さが徐々に覆ってきます。

 残りの30ページ程を読んでいるときにかかっていた音楽はショスタコーヴィチ のヴァイオリン協奏曲1番だった。
消えうる波が押し寄せてくるほどにヒラリーの弦のピッチは早く高い音を矢継ぎ早に正確に奏でて本のなかに染み込み文体が話しかけているようだ。

 どこまでも不思議な本だけど迷いなく名著であることは疑いようがなく、読み終えるとなぜかじんわりと霞むのです。